四百二十六話 恋の病
二年生になるちょっと前くらいから、しほは勉強にも少し集中するようになった。
『幸太郎くんと一緒の大学に行きたいからっ」
そう言ってくれたのが嬉しかったので、あの時の発言はよく覚えている。
しほは基本的に勉強が嫌いだ。努力とか根性とか我慢が嫌いなタイプなので、その三つをすべてフル活用する勉強に苦手意識を覚えるのは当然だと思う。
それでも、努力は継続していた。俺と一緒じゃない時も勉強を始めたようである。
おかげで、二年生になってからは成績が右肩上がりになっていた……はずなんだけど。
実際、中間テストはいい感じだった。
しかしながら、期末テストの結果は散々だったのである。
「ま、まさか全教科で赤点ギリギリの点数を叩き出すとは思わなかったわ……はぁ」
おやつを食べ終えて。
しほがオレンジジュースをチビチビと飲みながら、ため息を零す。
「こういう時は気分を切り替えるために黒水炭酸水が飲みたいわ。幸太郎くん、一杯頼める?」
「うん、確かあったような……」
「梓はりんごジュースね」
……二人とも、当たり前のように俺を顎で使おうとしていた。
まぁ、二人のためであればこの程度のことは全然苦じゃない。
むしろ、甘えられるのが嬉しいタイプの人間なので、喜んで取りに行った。
俺はそういう気質があるんだろうなぁ。
こういう時に生き甲斐を感じるので、不快感は一切なかった。
冷蔵庫から、コ○ラとりんごジュースを取り出して、リビングに持っていく。
そんな俺を、梓としほは感心したように見ていた。
「黒水炭酸水で伝わるんだ……以心伝心だわっ」
「おにーちゃんって、プライドとかないの? こんな小娘たちに舐められて悔しくないの? 梓がおにーちゃんだったら『ナマイキなメスガキどもめ!』って怒ってると思う」
二人とも、違う角度の意見なので反応に困った。
「まぁ、付き合いが長いから」
しほの突拍子がない発言も、二人のわがままも、聞き慣れている。
だから、今更まったく気にしていなかった。
とりあえず笑って頷いておく。
すると……しほが突然胸を抑えて、梓に寄りかかるように倒れ込んだ
「――うぐぅ! む、胸が苦しいわ……!」
「えー? またその症状が出てるの? うわぁ、めんどくさっ」
これはいったい何事だろうか?
一瞬、本当に緊急事態かと思って、立ち上がりかけたのだけれど。
「あー、おにーちゃん。心配しなくて大丈夫だからね? これはね、いつもの『発作』だから」
「発作?」
梓がやけに慣れた手つきで、抱き着いてきたしほをよしよしと撫でている。
……つれない態度を取っている割には、手つきが優しかった。
「霜月さん、たぶん『恋の病』にかかってるから。たまにこうやっておかしくなっちゃうみたいなの」
梓がうんざりした口調で、そんなことを言う。
それを聞いて、俺はポカンとしてしまった。
「恋の病って……本当に?」
「うん。なんか、おにーちゃんのことを思いだしたら、胸がドキドキして苦しくなるんだって。でも、その感覚がすごく幸せ過ぎて、頭がおかしくなりそうって言ってた」
……な、なるほど。
それは、うん。俺としては、愛情を感じて嬉しい。
しかし……ふと、気付いた。
「もしかして、テストの成績が悪くなったのって……そのせいじゃないかな?」
もし、自習している時に発作が起きて、集中できなくなっていたとしたら。
その分、勉強できていないわけだから……成績が下がるのは、当然である――。
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