四百二十五話 『日常ラブコメ』のプロローグ

 クラス対抗スポーツ大会が終わり、10日後には期末テストが始まった。

 二人でテストを頑張って乗り越えると、すぐに夏休みがやってきて。


 去年は夏休みの間はずっとのんびりしていたけれど。

 しかし、今年はそうもいかないようだった。


「緊急会議をします! しほちゃんがピンチなの……私が大好きな人たちは集合してくださいっ」


「……梓は霜月さんの事好きでも嫌いでもないから、部屋でゲームしてていい?」


「ダメー! あずにゃんは絶対に参加してくださーい」


「なんで梓だけ強制なのっ!?」


「あずにゃんはツンデレなので、なんだかんだ私が大好きだからよ」


「そんなことないもん! 霜月さんなんて普通……よりちょっと上、くらいだからねっ」


「そういうことにしてあげるわ」


「『そういうこと』で処理しないで!?」


 お馴染み、二人の仲良しなやり取りが目の前で繰り広げられる。

 それを眺めながら、二人のコップにオレンジジュースを注いでいると……不意に梓がこっちを向いた。


「おにーちゃんも何か言って! かわいい妹が苦しんでるんだから助けて!」


 しほが聞く耳を持ってくれないので、俺に八つ当たりしてきた。

 それを笑っていなしつつ、彼女に着席を促す。


「まぁまぁ。とりあえず座って話だけでも聞いてみよう……ちょうどおやつの時間だし、チョコパイ買ってきたから」


「……しょ、しょうがないなぁ~。ちょっとだけだよ?」


「うふふっ。チョロイあずにゃんも可愛いわ」


「チョロイって言わないで! ってか、霜月さんも梓と似てお菓子でよく釣られてるくせに!」


「甘い誘惑に抗える人間なんてこの世にいないわ」


 うーん。意外とそうでもない気がするけれど、まぁいいや。


 場所はいつもと同じ、中山家のリビングにて。

 しほを中心に三人でソファに座ると、


「それでは、もぐもぐ……緊急会議、むぐっ。しま、す。ごっくん」


「食べるかオシャベリするかどっちかにして!」


「それはそれとして」


「『それとして』で片づけないで!」


「とてもピンチですっ」


 食欲に抗えないしほが、口の周りをチョコで汚しながらも言葉を続けた。


「なんと、しほちゃんの期末テストの成績が思ったより悪かったみたいです!」


 報告めいた口調で言っているけど、もちろん彼女自身のことである。

 そうなのだ……期末テスト、がんばったつもりだったのに、意外と点数が伸びなかったのである。


「このままだと幸太郎くんと一緒に大学に行けそうにないわ……ど、どどどどうしよう!?」


 そのことに、しほはとても危機感を抱いているようだった。

 しかしながら、そんなことは梓にとって『他人事』にすぎないわけで。


「はい!」


「ん? 何かしら、あずにゃん。発言を許可しましょう」


「そんなことで『緊急会議』なんて開かないでほしいと思った」


「挙手してまで言うべきことではないわね。発言を撤回します」


「梓の発言を勝手に撤回しないで!? 梓の発言は、梓に所有権があるのでっ」


「そんなものないわ。あずにゃんのものは私のもの。私のものは幸太郎くんのもの。つまり、黒幕は幸太郎くんよ」


「おにーちゃんさいてー!」


「いやいや、二人とも落ち着いて」


 話がすごく脱線する。

 でも、それすらも楽しくて、俺はずっとニコニコと笑っていた。


 あれから……スポーツ大会以来、こうやって穏やかな毎日が続いている。

 それはまるで『日常ラブコメ』のように、温かくて幸せな日々だった――。

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