四百二十三話 ノイズとボリューム

 静かだ。

 先ほどまでの熱気は完全に消えて、今はとても涼やかである。

 日に当たっていないからか、木製のベンチは少しひんやりとしていて気持ち良かった。


 木陰にいると爽やかな風を感じられて、とても心が安らいだ。


「……さっきね、見てた」


 しほが、ぽつりと呟く。

 目線は合わない。視線を伏せている彼女は、お行儀よく膝をピッタリと閉じて、その上に両手を乗せて背筋をまっすぐ伸ばしていた。


 まるで、面接に挑む就活生のような佇まいである。

 今のしほは、少し緊張しているようだ。


「幸太郎くんががんばってるところ、ちゃんと見てたよ?」


「どうだった?」


「ん~……変だった」


「あらら」


 少し予想とは違う返答に、頬が緩んだ。


「かっこよかった――とは言ってくれないのか」


「あ! それはもちろん、そうだけどねっ。変っていうのは、変な意味じゃなくて、なんか変だったからっ」


 うん、分かってる。

 ネガティブな発言じゃないことは、知っている。


 だけど、ちょっと言葉不足だった。


 きっと、彼女なりに考えていることがあるはずだから

 少しだけ、しほが考えを整理するのを待とう。


「……変な感じがしたの。わたしのかわいい幸太郎くんでは確実になくなっているけれど、わたしが大好きな幸太郎君であることは間違いなくて……だけど、今まで以上に素敵に見えた」


 ゆっくりと、彼女は感じたことを教えてくれる。

 その言葉は『かっこいい』よりも、嬉しいものだった。


「私、変な子だから……普通の女子みたいに『スポーツで活躍している男子が好き!』みたいな感情は、あんまりないと思ってたのに」


「あれ? しほはスポーツ観戦とか好きじゃなかったっけ?」


「観戦するのは好き。でも、選手が異性として好きというよりは……パフォーマー?として好き、って感覚かしら」


 なるほど。確かにしほは、選手に対してリスペクトはあるけれど、その容姿や性格に対する言及はほとんどない。たぶん、興味がないのだろう。


「でも、今日はその気持ちが分かったわ……幸太郎くんが活躍しているところ見ちゃって、すごくキラキラして見えたの。うぅ、なんだかミーハーになっちゃった気分……こんな私は嫌い?」


「いやいや、大好きだよ」


「うぐぅ……恥ずかしくて死にそうっ。やっぱりこんな人知らない――!」


 そう言って、しほはそっぽを向いた。

 俺とは逆の方向を見て……でもすぐに、チラッとこちらを見る。


「「…………」」


 目が合って、数秒ほど見つめ合う。

 そうしていると、しほが何かに気付いたように、目を丸くした。


「あれ? 知らない……わけじゃないかも? 音色は変わっていない。今までと違うのは……音量だけ? ううん、それもちょっと違う? 邪魔な音が……ノイズがない? すごく綺麗に、それからハッキリと、幸太郎くんの『音』が聞こえるかも」


 彼女の鋭い聴覚が、俺には理解できない『何か』を捉えている。

 耳をピクピクと動かしながら……しほは少し、俺に顔を近づけてきた。


「――聞かせて。幸太郎くんの、音」


「いいよ」


 何をすればいいのかは分からない。

 でも、しほになら何をされてもいいと思っているので、すぐに頷く。


 そうすると、しほが俺の胸元に顔を埋めてきた。


「……んっ」


 心臓に、聞き耳を立てるように。

 ギュッと、抱きしめるように――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る