四百二十二話 好きすぎて
『小娘よ。お主は元気なので安心して彼氏とイチャイチャして良いぞ』
『彼氏じゃないもん! まだ!』
『……意外と大きな声が出せるのじゃな。その元気があれば問題はない。小僧よ、しっかりと小娘の気持ちに応えてやれ。それが青春じゃ……儂も昔は――』
と、昔話が始まりそうなタイミングで、俺としほは救護テントを出た。
「30分くらい休憩した後に、表彰式とか色々やって今日は終わりみたいだよ」
「そ、そうなのね」
「うん、そうみたい」
「「…………」」
二人で歩いていても、あまり会話は続かない。
というか、しほがずっと上の空で俺の話を聞いていなかった。
「そういえば梓は? さっきまで一緒にいたみたいだけど」
「…………」
「しほ?」
「へぇ!? にゃ、にゃにっ――! ち、ちたかんだぁ」
「あー……ちょっと落ち着こうか」
あまりにも様子がおかしい。
会話もままならない上に、一緒に歩いているのに距離を三メートルくらい空けているし、俺の方をチラチラ見ているので目を合わせたら、すぐに目をそらすし……すごく挙動不審だった。
「このあたりで少し休もうか」
歩いていたら、ちょうど涼しそうな場所にベンチが設置されていた。
周囲には同級生たちもまったくいない。
なんだか誘導されているようにも感じてしまうくらい、俺としほに都合のいい場所だった。
「しほ、あのさ――」
「ひゃい! 私は元気ですっ」
ベンチに座っても、しほは座ろうとしない。
声をかけても、的外れな返答ばかりする。
そういうところもかわいいので、いつまでも見ていたいとは思うけれど……それは今じゃなくていいわけで。
今だからこそ、ちゃんと話しておきたかったから。
「しほ?」
「ちょ、ちょっと待って! あずにゃん……あずにゃんがいたらなんとかなるからっ。『のろ気話になんて付き合えない』とか言ってどこかに行っちゃったけど、探し出しましょう? 二人でさえなければ、もうちょっと落ち着けるからぁ」
懇願するような言葉に、軽く笑う。
でも、だからって情けはかけなかった。
「――おすわり」
一言、そう伝える。
いつもなら、しほが俺に対していうようなセリフだ。
時に子供のように、時にペットのように、しほは俺を可愛がってくれていた。
その扱い方は、恥ずかしいけど好きだった。
でも、今日は……逆に、俺の方からやってみた。
別に意図があるわけじゃない。
ただの出来心だったけれど……俺の言葉を耳にした途端、しほはストンと腰を下ろした。
「……い、犬扱いしないでっ?」
「しほがいつも俺にやってることだよ」
「……だって、幸太郎くんが素直だから、かわいくて」
「やってみて俺も分かった。しほ、かわいいよ」
「うぅ……私の幸太郎くんが、幸太郎くんじゃなくなってるぅ。こんな人知らない……なんでそんなにドキドキさせるのっ?」
涙目になりながら不満を口にするしほ。
潤んだ瞳が、とても綺麗だった。
「俺、そんなに変わったかな」
「変わった――というよりは、進化した? ほら、火の嵐が離座ー丼になるみたいな?」
本質は一緒。
変化と言えば変化。
だけど、別の存在になったわけじゃない。
「今の俺は、好きじゃない?」
「……ううん。大好きっ。好きすぎて、ちょっとおかしくなってるくらいには」
そして、その進化にしほは戸惑っているだけ。
思い返すと……少し前から、その兆しはあった。
俺が、俺らしくない大胆な行為を見せると、しほは露骨に狼狽えていた。
彼女なりに色々と思うところがあるのだろう。
でも……どんな俺でも、好きでいてくれる。
そんなしほが、俺も大好きだった――
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