四百二十一話 「胸がドキドキします。これは病気ですか?」「いいえ、それは恋です」

【中山幸太郎視点】


 メアリーさんが場外ホームランを打った。

 信じられない飛距離が出て、思わずぽかんと口を開けてしまう。


 あの人はいったい何なんだ。

 相変わらずのチートっぷりに度肝を抜かれる。しかし、ホームベースを踏む前に盛大に転んで足を挫き、泣きべそをかきながら胡桃沢さんにおんぶされていたので、感嘆は一瞬で苦笑に変わった。



『神様からチートキャラの権能を奪われた』


 そう彼女は言っているけど……まぁ、以前から少しおっちょこちょいというか、注意散漫なところがある性格だかあなぁ。案外、あれが素なのかもしれない。


 だから、ところどころで致命的なミスをする。

 何でもできるがゆえに、集中力が持続しないのだろう。


 ……こうやって、つじつまを合わせればメタ的な視点を排除して考えることだって可能なのに。


 今まで、そういう方向でしか物事を見られなかったなぁ。


(これからはもう大丈夫だろ)


 うん、そうであることを願うよ。

 そんなことを考えながらも、しほの姿を探しすために足を動かす。


 メアリーさんは、グラウンドに向かって行ったと言っていたけれど……はたしてどこにいるのだろう?


 ――まさか、体調不良とか?

 ふと、不安がよぎる。この炎天下なのだからその可能性も排除できない。


 大丈夫だとは思うけれど――念のため救護用に設置されたテントのある場所に行くと、そこにしほの姿を見つけた。


「っ」


 白銀の髪の毛を見つけた時、息が止まった。

 彼女は保健室の先生と向き合って何やら話している。


 足早に近づいて、彼女の様子を確認してみると――。


「先生、大変なんですっ……心臓がドキドキして苦しいです。体も熱いし、頭がふわふわするし、だけど幸せが胸いっぱいに広がっていて、落ち着かないんです!」


「……熱もないし、心拍数は安定しているし、血圧も正常じゃがのう。吐きそうとか、気持ち悪いとか、手足のしびれとか、力が抜けるとか、食欲がないとか、そういうのはないのか?」


「ないです! さっき、ママのお弁当をいっぱい食べましたっ。それだけじゃなくて、あずにゃん……お友達のデザートも食べちゃって怒られました!」


「水分補給はしているか?」


「水筒を二本ママに持たされました! いっぱいゴクゴクしてますっ」


「……声も元気じゃな。これが若さか」


 生徒の間ではおじいちゃん先生として親しまれている保険室の先生が、しほを見て穏やかに笑っていた。


「安心して良いぞ。お主は元気じゃ」


「で、でも、とある男の子を見ると胸が苦しくなって……」


「それはのう――『恋』じゃ」


「こい? お魚さんの話はしてないですっ」


「ベタな勘違いをするでない。恋とは、恋愛のことじゃ」


「れんあい……恋愛!?」


 その単語を耳にして、しほは勢いよく立ち上がった。


「わたしは幸太郎くんのこと、前からずっと好きだったんですっ。今更、恋なんて……」


「ふぉっふぉっふぉ。若さとは青いのう……好きという感情に限界があると思っておるのなら、まだまだ人生経験が足りぬぞ。好きが大好きになることなんてよくあることじゃ。儂だって昔は――」


「元から大好きだった場合はどうなりますかっ?」


「むむ。儂の話はさせてくれないのじゃな。まぁ、うむ……大好きが大大好きになることだってあるんじゃないかのう?」


「――なるほど!」


 ……聞いているだけで、顔が熱くなるような。

 そんな会話を耳にして、俺は思わず脱力してしまった。


「なんだ、病気じゃないのか……良かった」


 安堵のあまり、無意識にそう呟くと……しほがようやく、俺の存在に気付いた。


「こ、こここ幸太郎くん……!?」


「――なに!? 血圧、心拍数、体温が一斉に上昇しておるじゃと!? 危険じゃ、このままだと小娘が死んでしまう……小僧、どっかに行け! 恋は時に人を殺す。儂も昔は――」


「いやいや、落ち着いてください。体温計も血圧計も聴診器もしほに繋がってませんよ」


「……おお、ただの故障か。びっくりしたのう」


 いや、一気に壊れるなんて、そんな不自然なことってある?

 まぁ、でも……その理由は考えても仕方ないし、どうでもいいや。


 とりあえず、しほを見つけた。

 それだけで良しとしておこう――

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