四百二十話 デウス・エクス・マキナ その4

【メアリー視点】


 やぁ、親愛なる読者のみんな。

 ――なんて、語りかけるのも最後になるのかもしれないね。


 だってもう、メタ的な視点は歓迎されていないようだから。


 ……え? 前も似たようなことを言っていた?

 このスーパークリエイターモードのメアリーさんは、神様の気まぐれでしか出現できない可哀想な存在なんだ。


 今、この瞬間を最後だと思いながら生きているんだから、仕方ないだろう?

 ……と、ひとまずワタシの視点になる言い訳を一つ挟んでおいて。


 さて、ここからが本題かな。

 ワタシがなぜこの状況で登場したのか。


 その理由は、今から分かる。

 物語において、無駄な描写など一切ない。


 雲行きが怪しくなる天気の描写があれば、物語に暗雲が立ち込める。

 甘いお菓子の描写があれば、砂糖を吐き出しそうになるような甘い展開が待っている。


 全ての文章に意味がある。

 突然の事態は、当たり前だけど計算されていた伏線だ。


 ワタシの登場にだって、もちろん理由があるわけで。


「あ、遅いじゃないのポンコツメイド。呼び出したらすぐに来なさいっていつも言っているでしょう? 何のためにバイクの免許を持っているのかしら? あたしの元にいちはやく駆けつけるためなんだから、遅刻は厳禁よ」


 グラウンドに到着して早々、時代遅れのツンデレピンクに罵倒された。

 ワタシはいつか、この女を泣かすと決めている。


 しかし今は、彼女に見捨てられると生活がままならない。

 なので、大人しくへこへこして媚びを売るしかなかった。


「すまないね。途中でナンパされちゃって……ほら、キミと違ってワタシは胸が大きいだろう? モテモテなんだよ」


「そう。誘蛾灯に集まる蛾を自慢されても困るわね」


「ワタシのオッパイを誘蛾灯と一緒にしないでくれるかな?」


「頭の悪い虫みたいな男しか集まらないんだから一緒――って、今はケンカしている場合じゃないのよ。ほら、行ってきなさい」


「……へ?」


 持ってこいと命令された飲み物を渡す前に。

 ピンクからバットとヘルメットを差し出された。


「試合、同点だから。ホームラン打ってきなさい」


「……そのためにワタシを呼んだのかい?」


「それ以外にあんたを呼ぶ理由なんてないわ」


「ルール違反じゃないのかな?」


「あたしがルールよ」


 この女は神のつもりなのだろうか。


「怒られるのはあんただし、大丈夫よ。何か言われる前にホームランを打って帰ってきなさい。あたしは負けず嫌いだから、勝ちたいのよ」


「……まぁ、命令なら仕方ないか」


 メイドがご主人様に逆らえるわけがない。

 パワハラもいいところだ。訴えたら勝てそうなので、検討しておこう。


 ともあれ、じゃあ……ホームランでも打つか。


 左打席に立つと、みんなが不思議そうにワタシを見たものの……不自然なまでに何も言わずに、ワタシのプレイを受け入れていた。


 そして、ボールが投げられる。

 緩やかな弧を描いて迫るボールに向かって、背筋を使って思いっきり振ったバットを力の限りにボールに叩きつける。


『グワァラゴワガキーン!』


 このネタが伝わる読者が果たしているのだろうか?

 偉大なる野球漫画家への哀悼を捧げつつ、場外へと消えていくボールを眺めながら悠々とグラウンドを一周した。


 デウスエクスマキナがよく分からない人たちへ。

 要するに、こういうことだよ。


『なんやかんやあったけど、神様が全部解決しました』


 まさしく、ワタシの登場はそれだった。


 同点という硬直した場面。いきなり現れた部外者。周囲が違和感を覚えながらも、指摘できる力を持つ者はいない。不自然が自然と受け入れられて、昭和の頑固親父がちゃぶ台をひっくり返すように状況を覆す。


 概念を、行動で表現する。

 これもまた物語の手法の一つ。


 文章に無駄な部分なんてない。

 登場人物も、それぞれに役割がある。


 ……ふむ、だとするなら。

 一つ、疑問が浮かび上がるね。


(あのピンクは、いったい『何』なんだ?)


 この最終章……いや、物語における立ち位置が他のどのキャラクターとも違いすぎる。


 ヒロインでも、サブヒロインでもない。

 ワタシのようなトリッキーさもない。


 正統派なようで、邪道で、存在も曖昧。

 しかし彼女にだって理由はあるはずだ。


(コウタロウのラブコメで、意外と彼女が重要な役割を担っているのかもしれないね)


 ……もうちょっと、見てみてもいいのかな。

 そろそろ見切ってもいいかと思っていたのだけれどね。


 せっかく、ここまで付き合ったんだ。

 どうせだし、最後まで見送ってあげてもいいのかもしれない。


 ――と、いうわけで。

 ひとまず、アンチハーレムメタラブコメが、つまらない日常ラブコメになったことを説明しつつ、今後の展開もそれとなく匂わせてワタシの役目は終わりだ。


 また、次の機会で。

 会えることを、願っておこう。


「……ふぎゅっ!?」


 そしてワタシは、ホームベースを踏む前に盛大に転んで足を挫いた。

 スーパークリエイターモードが一転、最近はお馴染みのポンコツ無能ギャグメイドに成り下がってしまう。


 一歩も動けなくなってホームベースを踏めずにピンクにおんぶされることになるのだが、それはまた別のお話である――。

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