四百十八話 デウス・エクス・マキナ その2


 ……少し、雲が出てきただろうか。

 ぎらつく陽光が遮られたことで、先程よりは幾分か涼しい。風も出てきていて、運動をして火照った体にはちょうど良かった。


 こういう時に、あの子と一緒に歩けたら素敵な時間になっただろうけど。


「やる前からすべてを諦めていたモブキャラは、何事に対しても手を抜くクセがついてしまっていた。でも、そんな彼には本気になれるものが二つだけある。一つは、大好きなシホ。そしてもう一つは――大嫌いなリョウマだ」


 今、俺の隣を歩いているのはメアリーさんである。

 それが残念ではあるけれど、無視をしてもどうせ強引に話しかけてくるので、今は大人しく聞いておいた。


「つまり……結局、この作品はコウタロウとリョウマが敵対関係にあることで成り立っている物語なんだよ」


 メアリーさんは語る。


「キミはリョウマを前にした時のみ、感情を露出する。他の少女たちには見せない牙を見せる。それはいわゆる、コウタロウの『本質』だったわけだ。シホには決して見せられないけれど、シホが一番求めているキミは、リョウマの前でしか出ないというのは皮肉な話だったけれどね」


「……相変わらず、嫌な考察だな」


 そして、あながち的外れでもない言葉だから厄介なのである。

 本当にそうかもしれない――そう思わせる説得力があるのだ。


「まぁ、真偽は確かじゃないさ。全てワタシの考察にすぎない……いや、考察ですらなく、こうであってほうしいという願いかな」


「――そういうことにして大人しく聞いておくよ」


「お、いいねぇ。静かに耳を傾けてくれるのはありがたい……あーあ、もったいないなぁ。キミはワタシと同じ物語が『見える』側の人間だったのに。なんだか、身内が減ったみたいな寂しさを感じるね」


「寂しい? メアリーさんが?」


 いつも通りの不敵な笑みに寂しさの色は見えない。それが不気味だった。

 相変わらず信用のならない人である。


「本当に寂しいに決まっているだろう? もし、ヒロインがシホじゃなくてワタシだったら――キミと素敵なラブコメが作れたかもしれないのにね」


「それはあり得ないよ」


「どうしてだい? 断言できる理由を聞かせてもらおうか」


「……メアリーさんは一人で完結している。他者に幸せを求めなくても、自分の中に確固たる『幸せ』を持っている――かつての竜崎みたいな歪んでいる自己愛とはちがって、純粋な自己愛の塊なんだから、他人なんて愛する必要も、愛される必要もないよ」


 考えをそのまま口にすると、メアリーさんは小さく息をついて頬を緩めた。


「ふふっ……正解だ。やっぱり、ワタシを理解できる人間はこの世界にコウタロウしかいないだろうね」


 不敵な笑みが、一瞬だけ消える。その奥にある、彼女の本質が表出して浮かんだあどけない笑顔は、初めて見るものだった。


「どうだい? シホみたいにめんどくさい女の子なんて捨てて、ワタシと添い遂げてもいいんだよ? 幸せにしてあげてもいいんだけどね」


「無理だよ。俺はシホ以上にめんどくさい人間なんだから、メアリーさんが幸せにできるわけがないだろう?」


「だろうね。キミを本当に幸せにできる人間は――シホしかいない」


 そう言うと、彼女は肩をすくめて俺から視線を外した。


 もう表情は元に戻っている……さっきみたいな笑顔を常に浮かべていたら、きっとメアリーさんにもありふれた幸せが手に入ると思う。


 でも……まぁ、本人がそれを求めていないのか。


 生まれながらに天才で、望んだものは全て手に入って、現実世界の難易度が簡単すぎて退屈を覚えていたような少女なのだ。


 ありふれた幸せで満足できる人間なら、そもそもこんな人格は形成されていないだろう――

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