四百十七話 デウス・エクス・マキナ その1
【中山幸太郎視点】
――しほがいない。
さっき、ベンチの近くにいたことは確認したのに、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
すれ違ったのだろうか? まだこのあたりにいるのかもしれない。そう思って周囲をうろうろしていた時のことだった。
「おやおや、覚醒した主人公がメインヒロインを探しているイベントに遭遇してしまったかな」
本来であれば、この場にいるはずのない人物と出会ってしまった。
目の前に現れたのは、金髪碧眼の美少女。
彼女は場違いなメイド服姿だと言うのに、恥ずかしがることもなく堂々と腕を組んで仁王立ちしていた。
「メアリーさんか」
「リアクションが薄いねぇ。主人公になったからって調子に乗らないでくれるかい?」
いつもよりも絡み方がめんどくさい。
ニヤニヤと茶化すような笑みを浮かべている。
……まぁ、そういうところもメアリーさんらしいけど。
「主人公とか、そういうことを考えるのはもうやめたよ」
「あらら。それは寂しいねぇ……同じ穴の狢だと思ってたのに、残念だよ」
軽く会話を交わしてから、撒こうと思っていた。
でも、メアリーさんが俺の後ろをついてきたから、そうもいかなかった。
「『なんでいるんだ?』って聞いてくれないのかい?」
「あっちに行ってくれたら聞くけど」
「にひひっ。そう邪険にしないでくれよ……ちょっとした雑談さ。今からメインヒロインと精一杯イチャイチャするだろうし、その前にちょっとだけ情報を整理してあげようと思っただけだよ」
「余計なお節介だと言ったら?」
「おお、返すねぇ。言葉に迷いがない。受け入れることしかできなかった以前とは大違いだよ。この状態のキミであれば、シホともきっとうまくいくだろうさ……大丈夫だよ、邪魔がしたいわけじゃないからね。ワタシは、ワタシに与えられた役目をまっとうするだけさ」
……ん?
今のメアリーさんは、ポンコツ無能メイドキャラではないようだ。
かつての、全能だった頃のメアリーさんに戻っているような気がする。
まぁ、だからといってもうメタ的な思想を聞くつもりはないけれど。
「ご主人様のツンデレピンクが忘れ物をしたから届けにきたんだよ」
「……もうそろそろ、今日のスケジュールが終わるんだけど」
「そうなのかい? ワタシはツンデレピンクに飲み物を持ってこいって命令されたんだけどね……本当にそれだけで、他に目的なんてなかった。でも、到着して偶然コウタロウの試合を見たんだ。試合中のキミを見て、全部分かったよ。結局、ワタシの予想通りになっている――って」
いつもの戯言だ。
そう思って聞き流しながら、しほの姿を探す。
でも目立つはずの白銀の髪の毛は、周辺のどこにも見当たらなかった。
「シホならグラウンドの方に行ったよ? ソフトボールの試合を見に行ったんだ」
「……本当に?」
「ウソじゃないさ。さっき見かけたからね……ものすごく顔を真っ赤にしていたから、照れてキミと顔を合わせられないんじゃないかな?」
……発言の真偽は分からない。
でも、やみくもに探す前にグラウンドの方を覗いてみるのもいいかもしれない。
そう思って方向を変えると、またしてもメアリーさんがついてきた。
おかげで周囲の生徒たちにじろじろ見られている……さっきの試合でちょっと目立ったので、いつもより視線を向けられることは多かったけど、今は確実にメアリーさんが理由だろう。
(逃げられないか)
正直なところ、彼女の登場はあまり快く思わない。
だって、いつも何かしらの転換点で現れる人物なのだ。
今回も何かしらの不穏を匂わせるのではないだろうか。
それが心配だったのである――
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