四百十六話 クラス対抗スポーツ大会 その21
――変わろうとなんてしないでほしい。ありのままのあなたが好きだから。
そう願っていたことを、しほは恥じた。
(結局……変わることを怖がっているのは、幸太郎くんじゃない)
この関係性が、心地良くて。
今の幸太郎をもっと好きになることはないだろう――そう思っていたから、変わろうとする幸太郎を否定していた。
だけど、それは間違いだった。
(100パーセントを越えても、私は幸太郎くんを好きになれるっ)
彼女の愛情に限界などない。
幸太郎を知るたびに、違う一面を見るたびに、もっともっと好きになる。
そのことを、彼女はとても幸せに思った。
「好きすぎて死んじゃいそうっ」
頭を抱えてしほはうずくまる。
そんな彼女に、隣にいた梓は冷ややかな視線を送っていた。
「はぁ……心配して損した」
ため息をついてしほの頭をポンポンと撫でている。
表情は冷たいが、行動は優しかった。
「いきなり変なこと言わないでよっ。梓、本気で心配したんだからね?」
「ごめんね? だって、幸太郎くんがかっこよすぎて吐きそうになっちゃって」
「そんなに!? それはそれで、ちょっとおかしいよっ」
そんなことを梓は言っているが。
しほにとってはそれくらいの衝撃を受けたのである。
幸太郎の変化を――と、考えたところでしほは首を横に振った。
(うーん……変わった、とはちょっと違うかしら? 音の質が良くなっただけで、幸太郎くんは『幸太郎くん』のままだわ)
変化と成長。
退化と進化。
表現の仕方は捉え方によって違う。
錆を落とした鉄が新品のような輝きを見せるように。
幸太郎は、別人になったわけじゃない。
幸太郎は、幸太郎のまま、変わった。それを変化と表現するべきか、成長と表現するべきか、あるいは進化と認識できるのか、しほにはそれが分からずにいた。
でも、とにかくあそこにいるのは幸太郎で間違いないわけで。
つまり――あれが本来の『中山幸太郎』なのだ。
しほが嫌いだった『モブキャラを演じる幸太郎』が、薄くなっている。
幸太郎が、何者かを演じることをやめている。
「幸太郎くんって、ああいう一面もあるのね」
ポツリと、独り言が漏れる。
その呟きを耳にした梓は、同意するように小さく頷いてくれた。
「おにーちゃん、霜月さんのおかげでとってもかっこよくなってるよ」
「……私のおかげなんかじゃないわ」
反射的に、否定する。
しかしそれを押さえつけるように、梓が力強く断言した。
「ううん、絶対に霜月さんのおかげだよ。ずっと近くでおにーちゃんを見ていた梓だから、分かるの……霜月さんと出会ってから、おにーちゃんはよく笑うようになったから」
その言葉を、しほはゆっくりと噛みしめる。
誰よりも長い時間を共有している義妹の言葉に生まれた説得力は、しほの心に渦巻いていたモヤモヤを吹き飛ばしてくれた。
「おにーちゃんは、霜月さんが大好きだもん」
疑っていた――わけじゃない。
でも、小さな不安がないわけでもなかった。
好きになったから、好きになってくれだけかもしれない。
そんな不安が、梓の言葉で一気に吹き飛んだのだ。
「こんなに好きになってくれる人がいるなんて、霜月さんはいいなぁ……って、羨ましく思うくらいに」
その言葉の直後に、フィールドにいた幸太郎がしほを見つけてニッコリと笑いかけてくれたから、もう心臓が爆発しそうだった――
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