四百十五話 クラス対抗スポーツ大会 その20

【霜月しほ視点】


 ――試合終了を知らせるホイッスルが鳴り響く。

 瞬間、大きな歓声と拍手が沸き上がった。


 その中心にいたのは、彼女がよく知っている少年で。

 しかし、クラスメイトと一緒に勝利を喜んでいる彼を見て、しほは不思議な感覚を覚えていた。


(あそこにいるのは……誰?)


 知らない。

 彼女は、こんな『音』を知らない。


(こんな音……初めて)


 しほの鋭い聴覚が捉えていたのは、今まで聞いたこともないような音色だった。

 綺麗で、澄んでいて……それでいて、力強くて。


 聞いているだけで、心が躍るような。

 気分が高揚して、そわそわと体を揺らしてしまいたくなるような小気味よいリズムに、しほは胸をギュッと押さえた。


(本当に、幸太郎くんなの?)


 ずっと好きだった少年の音は、聞いているとすごく心が落ちくような穏やかな音色だった。

 でも、今の彼から響く音は、聞いていると心が躍り出しそうになるテンポのいい音色である。


 好きというベクトルは同じ。

 その音を不快に思っているわけじゃない。


 でも……しほは、幸太郎に生じた突然の変化に、ついていけなかったのだ。


「わぁー! おにーちゃんが、なんかすごかった!!」


 一緒に彼の試合を観戦していた梓が声を上げて喜んでいる。

 いつもは素直じゃないくせに、両手で拍手をして幸太郎を讃えていた。


 その顔はどこか誇らしそうで……まるで『あそこにいるのは梓のおにーちゃんなんだよっ?』と自慢しているみたいである。


(やっぱり、あれは幸太郎くんなのよね)


 梓の顔を見て、しほは彼が幸太郎であることを再確認する。

 でも、うるさいほどに鳴り響く会場の音をものともせず、しほの鼓膜を……いや、心を震わせる音を発している彼は、まったくの別人に見えた。


「あれ? 霜月さん、どうしたの? さっきから黙ってるけど……体調とか悪いのかな?」


 と、ここで梓がしほの変化に気付いたようだ。

 先程から無言でいる彼女の様子を心配しているようで、シホの顔を覗き込む。


 そして、梓の表情が一変した。


「あわわ! 霜月さん……大丈夫!?」


「え? な、何が?」


 あまりの慌てように、逆にしほが混乱するくらいの取り乱しようだった。梓はしほの顔を見ておろおろとしている。


 そんな彼女を安心させるように、しほは声をかけた。


「私は大丈夫よ?」


 体調に異変はない。

 暑いが、水分補給をしっかりしているおかげで、気分は良好である。

 それなのに、梓は不安層だった。


「で、でも……顔、すごく真っ赤だよ?」


「ふぇ?」


 言われて、自分のほっぺたに触れる。

 すると、信じられないくらいに顔が熱を持っていて……しほは、ほっぺたを両手で押さえた。


「にゃ、にゃんで――っ」


 何で?

 そう言おうとしたのに、呂律も回らなくなっている。

 おかしい。自分の状態が、すごく変になりかけている。


 いったいなぜだろう?

 そう考えると同時に――


『ドクンッ』


 ――心臓が、大きく脈打つ。

 うるさいほどに鳴り響いた鼓動を耳にして、しほはものすごくドキドキしていることを自覚した。


(こ、これって……!?)


 無意識に、鼓動を押さえようと手を当てるものの、その程度で止まるほどしほの『熱』は冷めていない。


 その温度は、彼女の思いを膨張させるほどに熱かった。


「あずにゃん……ど、どうしよう?」


「どうしようって言われても、梓だってどうすればいいの!? え、どうかしたの? 霜月さん、もしかして死んじゃうの!?」


「ええ、死ぬかもしれないわ……私、今とっても変なの」


「えー!? し、死んだらダメだよっ。梓のおねーちゃんになるんでしょ? だったらちゃんと長生きしてよ!!」


 梓も明らかに混乱して、凄く恥ずかしいことを言っている。

 いつもなら、その発言にしほもニヤニヤしていただろうが……今はそんな余裕など、なかった。


 だって彼女は――


「私、幸太郎くんが好きすぎて、死んじゃいそうっ」


 ――恋をしているから。

 大好きな少年の新たな一面を見て、もっと彼を好きになってしまったせいで……しほは、どうしようもなくドキドキしていたのである――


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