四百十四話 クラス対抗スポーツ大会 その19

 たかがお遊び。学校によって決められた行事の一つにすぎない。

 審判をしている他クラスのサッカー部も厳密なジャッジはしない。


 もちろん、露骨なファールなどは注意するけれど。

 複雑で分かりにくいルール……たとえば『オフサイド』に関しては、判断がすごく甘い傾向にあった。


 オフサイドとは、簡単に言うと相手ゴールの前でボールを待っていてはいけない――というものである。

 俺も素人なのですごくざっくりとした認識しかしてないのだが、味方がボールを蹴るまでは敵チームのディフェンスよりも前に出てはいけないらしい。


 ただ、この試合はあくまでただのお遊びなので、今まで何度か怪しいプレイもあったけれど全て見逃されていた。


(勝ちたいのなら、利用できるものはちゃんと使え)


 客観的に見て、竜崎という人間は俺よりも勝っている。

 それは精神面とか性格面ではなく、肉体的な数値……いわゆる、ファンタジーで言うステータスが、彼は高いのだ。


 弱者が強者に勝つために。

 下剋上を果たすために。

 使える手段はすべて使う。


 正攻法では勝てない。

 それでも、勝利をもぎ取るために。


『花岸がボールを持ったらゴールに向かって走るから、とにかく蹴ってくれ』


 先程、彼に伝えたの作戦はとてもシンプルなものだった。

 ともすれば策ともいいがたい、ただのお願い事である。


 うまくいくかは分からない。

 でも、やるしかない。


 竜崎に勝つには――この一度で決めるしかない。


「おいおい、ふらふらだな。これはもう、勝負あったか?」


「誰のせいで疲れていると思ってるんだよ……」


「もちろん俺のせいだろ? てめぇに対して嫌がらせしかしてないからな」


「性格が悪いな」


「今更すぎる話をするな。俺は――そういう人間なんだ」


 竜崎は一年生の頃に比べて丸くなった。

 でも、今はあの頃の牙が見え隠れしていた。


 やっぱり、そういうところが嫌いだ。

 思い切りが良くて、自分の行動が正しいと思い込んでいるその独善的な思想が……俺も、ほしかった。


 過去の竜崎は少し、度が過ぎていただけ。

 自分に自信があることは決して悪いことではないのだから。


「てめぇと違って、俺は汚い人間だからな」


「……案外、そうでもないと思うよ」


「はぁ?」


 そして、決定機が訪れる。

 花岸がボールを持った。その瞬間に、俺は竜崎の意表を突くようにゴール側に向かって全力で駆けだした。


「――俺も、性格は悪い方なんだ」


 卑屈で。

 臆病で。

 消極的で。

 思い込みが激しくて。

 被害妄想ばかりして。

 根暗で。

 ネガティブで。

 面白みもない。


 だけど、それが俺だ。

 中山幸太郎は――そういう人間だ。


 そんな俺を、彼女は愛してくれたのだ。

 もういいかげん、受け入れてあげてもいいんだ。


「……っ!」


「ちょっ!?」


 走る。慌てたように竜崎が追いかけてきたけど、不意を突いたおかげで彼のマークが外れた。


「なかやまぁああああああああ!!」


 花岸が叫び、ボールが大きく蹴り上げられる。


(ギリギリオフサイドだけど、これくらいなら大丈夫だ)


 うん、そうだな。

 この一歩の優位がほしかった。


 ――走れ。走れ。走れ。


 もう体力はない。今立ち止まったら、もう動くことはできないぞ。

 ボールは少し前を転がっている。

 前方にはキーパーしかいない。

 あと一歩。

 鉛みたいに重たい足で強引に地を蹴り、なんとかボールを足元に引き込む。竜崎は一方後ろ。シュートまでの猶予はある。


 いや。あった――はずなのに。


「くっ………」


 まずい。限界はもう超えていた。

 足がふらついて転びそうになる。これで猶予がなくなった。気合で体勢を立て直すものの、竜崎がもう追いついている。


「――惜しかったな」


 勝ち誇った顔が視界に入る。

 もう終わりか?


「(いいや、まだだ!)」


 心の声が、口から飛び出る。

 心の声……ではない。


 中山幸太郎の思いが、やっと外側へと這い出してきた。


「――――っ!!」


 文字にできない声をあげて、強引に体を押し込んだ。

 前に体を入れてきた竜崎を、吹き飛ばすように。


「…………ちくしょう」


 彼のうめき声を、置き去りにして。

 竜崎を振り払い、ボールを蹴る。


 もうキーパーは目の前。

 力任せに蹴ったボールは、キーパーの指の先をはじいて――ゴールネットを揺らした。






 その時、音が止まった。






 誰もが、俺を見ていた。

 白熱した試合。学年中の視線が集まる中、名も知らぬ地味な少年が、まさかここまで活躍するとは誰も思っていなかっただろう。


 そんな静寂を、切り裂くように。


「っっっっっ!!」


 勝利の声を、叫ぶ。

 自分でもどんなことを言ったのかは分からない。

 だけど、それを皮切りにクラスメイト達も声を上げた。


「「「よっしゃぁああああ!!」」」


 ……こうして、試合が終わった。

 中山幸太郎の『覚醒』が、果たされて――

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