四百十三話 クラス対抗スポーツ大会 その18
試合時間は残り三分。
未だ0対0で試合は膠着状態。試合展開は俺たち三組がやや有利だけど、竜崎の所属する二組はキーパーがサッカー部のレギュラーらしく、ゴールを決めることができなかった。
試合における変化は前半とほとんど変わらない。
しかし……中山幸太郎に生じている変化は大きくあった。
まず、俺が積極的に動くことができるようになった。
そんな俺を見てクラスメイトも期待してくれたのか、パスを出してくれるようになった。
あの中山幸太郎が……ずっとぼんやりしていた無機質な人間が、こんなにも一生懸命になれるなんて。
自分が、自分じゃないような感覚――ではない。
自分が、ちゃんと『自分』でいられていること。
誰もができる当たり前のことができていることが、何よりも嬉しかった。
この状態であれば、いつもよりもっと感情的になれる。
本気に、なれる。
(足が動かなくなってきたぞ。そろそろ肉体的に限界だな)
興奮状態の俺の中には、いつも通り冷静な人格もあった。
その声に頷いて自分の疲労状態を確認してみると……結構、危なかった。
(本気でがんばると、こんなに疲れるんだな)
足が重い。
喉が渇いた。
にじみでる汗が止まらない。
運動に慣れていない弊害がここで出たか。
足を止めると、その場に倒れ込んで一歩も動けなくなるかもしれない。
――あと数分。
はたして体力は持つのだろうか。
「中山、随分と疲れてるじゃねぇか。そのまま大人しくしててもいいんだぞ?」
膝に手をついて息を整えていると、竜崎に荒々しく背中を叩かれた。
挑発的な言葉を鼻で笑い、逆に煽るように俺からも言葉を返してやった。
「そっちは負けそうだけど大丈夫か? お前が俺にばかり構っているせいだと思うぞ」
「うるせぇよ。結果なんてどうでもいい……てめぇにさえ勝てれば、な!」
再びボールがこちらに回ってくる。
一瞬、足がもつれそうになったけど、転ぶ寸前でこらえて走った。
……ここからはもう、気力だけが頼りだ。
竜崎に勝ちたい。その一心で、限界に近付きつつある体を強引に動かす。
「ちっ」
竜崎に比べると、俺の体の方が小回りが利く。
あと、やっぱり俺は体の動かし方が素直というか……自分で言うのもなんだが、最適な判断をできるおかげで、竜崎からボールを奪われることはほとんどなかった。
かと言って、攻め手があるわけじゃない。
ボールを奪われない事だけに必死で、前を向けない。
ただ、諦めずにボールを保持して、毎回のように竜崎を出し抜くチャンスを狙ってはいた。
その数秒の猶予が、味方の前線を上げる。
竜崎を抜くことはできない。しかし味方がいい位置に来てくれるので、パスを出すと好機に繋がる……しかし相手キーパーが容赦なくシュートを防ぐので、スコアは動く気配がなかった。
「あのキーパーはやっぱり反則じゃないか? 中山もそう思うだろ!?」
シュートを決められなかった花岸が、愚痴をこぼしながら俺に駆け寄ってくる。野球部で鍛えられている彼はまだまだ体力的にも余裕がありそうだ。
それにしても、竜崎は帰宅部のくせになんでああも余裕があるのか。そう考えると竜崎のスペックは異常に高かった。
どうやったらあいつに勝てる?
俺の武器は冷静な判断能力と、最適なポジションを取れること。
(だったら――)
……今の俺はやっぱり冴えている。
頭に思い浮かんだのは、竜崎に勝つための策略だった。
「なぁ、花岸。お願いがあるんだけど……」
花岸に声をかけて、策を伝える。
「なんだ? うんうん……オッケー! 任せろ」
それを彼は快く聞き入れてくれた。
さぁ、そろそろこのイベントも大詰めである――
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