四百八話 クラス対抗スポーツ大会 その13



 竜崎の所属するクラスも、俺たちのクラスと同様に運動部が多いらしい。

 両者三連勝していて、これで勝った方がクラス対抗スポーツ大会の男子の部で優勝となる。


 だからなのか、他のクラスメイトもやけに燃えていた。


「女子もたくさん見てるし、テンション上がるな!」


 ……訂正。花岸の言葉で、勝敗よりも女子の存在が大きいことを理解した。

 これで優勝が決まるとあって注目度が高い。


 えっと……しほはどこにいるんだろう?


 一試合目はベンチにいてくれたけど、今は見当たらなかった。

 まぁ、どこかで見てくれてはいると思う。


(何か声をかけてもらいたかったのか? 彼女に背中を押してもらわないと、お前は何もできないんだな)


 うるさい。

 決めつけるな。

 まだ、最後の試合が残っている。


(吠えているだけで結果がついてくるなら誰も苦労しない。示せよ、行動で)


 ……分かってる!


 頭の中で自問自答が繰り返される。

 出口のない思考が、グルグルと回っている。

 いいかげんにこの声を黙らせたい。


 そのためにも、俺には結果が必要だった。


 しかし――意気込んだくせに、試合の雲行きは怪しかった。


「中山!」


 花岸からボールがパスされて、それを受け止める。

 その瞬間に、思考の選択肢が狭くなる。


 視線を動かしているのは、敵の位置と味方の位置を把握するため。

 そこまではいい。でも、次に俺が選択している行動は、決まって『パス』なのだ。


 ドリブルもほとんどしない。立ち止まって、周囲を見て、相手チームが詰めてくる前にボールを蹴るだけーーそんな流れ作業を、今まで何度も繰り返している。


 その『癖』を、彼が見逃すわけがなかった。


「パス――だと思ったよ!」


 ボールを蹴ろうとした瞬間に、竜崎が荒々しく突っ込んでくる。

 真正面から、一直線に。勢いよく体をぶつけて、俺からボールを奪った。


「っ……!」


 地面に倒れ込んで、こちらを見下ろす竜崎を睨む。

 一方、彼は飄々と肩をすくめて、意地の悪い笑みを浮かべた。


「どうせパスしか出さないんだから、対処は簡単だな」


「……ちょっと、激しくないか?」


「そうでもねぇよ。運動部の連中は比べ物にならないしな……お前は帰宅部だから遠慮されてるんだよ。でも、俺はお前と同じ帰宅部だから、遠慮する必要がない」


 帰宅部であるにもかかわらず、竜崎は運動能力が平均より高い。

 元々、何事もそつなくこなせる程度の才能がある人間なのだ。


 運動だって、できないわけがない。


「悔しかったら俺を避ければいいだけの話だろ? 真正面から突っ込んでくるだけなんだから」


 ……普通なら、そうだな。『自分を使う』という選択肢を持てる人間であれば、ドリブルして竜崎を回避することだってできると思う。


「まぁ、お前みたいな消極的な人間にはできねぇよ。パスは結構上手いし、視野も広くて、落ち着いている。いる位置も良いからボールも集まる。性格的に、能力的に、繋ぎのポジションには向いている人間だが――お前自身が攻めないと分かっていれば、処理は難しくない。だから突っ込んで、体を入れて、ボールを奪う。それだけでいい」


 彼の策は、俺にのみとても有効的だった。


「竜崎は……ゴールを狙ってないのか?」


 俺がポジションを取っているのは相手ゴール寄りの位置である。このまま俺にばかり構っていたら、竜崎自身はさほど活躍できない。


「そんなことどうでもいい」


 ……いや、竜崎は活躍なんて気にしていないのか。


「お前にさえ勝てれば、俺はそれでいいんだよ」


 ――やっぱり、違う。

 言葉に、意志に、行動に、熱がある。


 竜崎は、自分に素直だ。

 見ていてとても清々しい。


 こいつのことは嫌いだけど、やっぱり羨ましくもあった。


 竜崎は、すごい。


 ……負けたくない。

 俺だって――負けていない。


 そう思い込みたい。

 それなのに……俺はまだ、自分の殻を破ることができず。


 試合時間は、無情にも過ぎていく。


「……中山、そろそろ交代だ」


 そして、花岸に声を掛けられて、俺はため息をついてしまった。

 結局、竜崎に完璧に封じ込められてしまった。


 彼を見返すこともできずに、このまま終わりそうだった――

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