四百七話 クラス対抗スポーツ大会 その12


 とはいえ、俺の葛藤が試合の勝敗に影響されることはないわけで。

 三組の男子はクラスメイトに運動部が多いということもあって、三連勝していた。


「……あ~、疲れた」


 最終試合の前。クラスメイトの伊倉がうんざりしたようなため息をついてベンチでうなだれている。

 連勝でみんなのテンションの上がっている中、彼だけはいつも通りだ。


「もう動きたくない」


「愚痴ばっかり言うなよ。根暗メガネだな、お前は」


 花岸が呆れたように笑いながらも、伊倉を励ますように背中を勢いよく叩いている。

 そういう体育会系のノリが伊倉は嫌いなようで、俺に助けを求めるような視線を送ってきた。


「中山、僕は熱中症ということにして、次の試合はフルで出場しないか?」


「いや……ズル休みは良くないと思うよ」


「真面目だな。こんなクソイベント、適当に流せばいいものを」


「めんどくさいもやし野郎だな! そろそろ試合だ、行くぞ!」


 最終試合はもうすぐ行われることになっている。

 この試合も伊倉が先発の十分間だけ出場することになっていたけれど……彼は体力的に、限界を迎えていたみたいだ。


「中山、任せた。僕は後半に出る……少し休ませてくれ」


 いつもの皮肉ではないトーンで伊倉がそう言ったので、俺は頷いて立ち上がった。


「分かった、体調大丈夫か?」


「……まぁ、そこそこだね」


「あはは! 中山、どうせこいつは元気だよ。サボりたいだけだ」


「筋肉バカは機微が読めないから困ったものだよ……中山がいて良かった」


 確かに……今のはちょっと、花岸が鈍感すぎたかも。

 いや、狼少年みたいになっている伊倉も悪いので、どっちもどっちかな。


「花岸、行こう」


 とりあえず伊倉はゆっくり休ませておいた方がいい。

 そう思って、花岸に声をかけて早めにフィールドに入った。


「お、中山はやる気だな。最後くらいシュート決めようぜ!」


「……もちろん」


 俺はずっと、ゴールを狙っているよ。

 意思に反して体はそう動いてくれないけど、まだ諦めたわけじゃない。


 次こそは、必ず……!

 そう自分に言い聞かせていた時のことだった。


「よう、そっちも順調に勝ってるみたいじゃねぇか」


 聞き慣れた……いや、聞き慣れてしまっている声が耳に入った。

 真後ろから話しかけられたので顔は見えない。でも、その相手が誰なのか分からない程、俺とあいつの関係性は浅くない。


「竜崎……そういえば、二組と試合だったんだ」


 最後の試合は、竜崎龍馬の所属クラスが相手だった。


「んだよ、お前は俺のこと意識してなかったのか? 俺はバチバチに意識して、お前との対戦を楽しみにしてたのに」


 ……忘れていたわけじゃない。

 ただ、自分のことでいっぱいいっぱいだったので、竜崎のことにまで思考が回らなかっただけだ。


「俺たちのクラスも今のところ全勝だからな。この試合も勝って優勝する――というのは、正直どうでもいい。俺が勝ちたいのは試合にじゃない。お前――中山幸太郎に、だ」


 竜崎がシニカルに笑う。

 勝気の強い、傲慢さを匂わせるほどに強気な、彼特有の笑顔。


「お前とは色々あったが、別に恨んでいるわけじゃない。ただ……中山には特別な思いがある。もちろん、ポジティブじゃないやつが、な。だから、サッカーでくらい勝たせてくれ。それが俺の気休めになる」


 丸くなったと思っていた。

 竜崎は以前よりも温和で、人あたりも良くなって、何より他者をバカにしたり見下すことがなくなった。


 だが、彼の本質はやっぱり『自信家』なのだろう。


「まぁ、俺が負けるはずないけどな。パスしか出さない軟弱野郎に、負けるわけがない」


 堂々と、断言する。

 その言葉にはやっぱり熱量が伴っていて……俺とはまるで違う『期待感』を覚えた。


 流石、竜崎はやっぱり『竜崎』だ。

 俺にはないものをしっかりと持っている。


 そんなお前だからこそ、俺は嫌いだったし……憧れたんだ――。

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