四百六話 クラス対抗スポーツ大会 その11


 しほが盛大に三振したのを見届けてから、そろそろ集合時間だったので俺はソフトボール場から離れた。


 二試合目がこれから始まる。

 しほと梓のクラスは連続で試合があるらしいので、次の試合は応援に来れないと言っていた。


 俺たちも二試合目と三試合目が連続であるので、しほが応援に来れるのは三試合目の中盤から――ということらしい。


(ほっとしてんのか? そこは残念に思えよ)


 ……うるさいなぁ。分かってるよ。

 しほが見ていない、ということに安堵感を覚えている自分がいる。

 それにちゃんと気付いて、そんな自分に落ち込もうとしていたところなので、頭の中の声がより一層煩わしく感じた。


(『違う自分』を演じすぎた弊害だな。人格が分かれつつある)


 ……だからしほは、俺が違う自分に成り変わろうとするのを嫌がっているのだろう。

 感覚の鋭い少女には俺の歪さがよく見えているのかもしれない。


 思考と心の声が統一された時に、俺の……中山幸太郎という人格がようやく完成する。


 そうなれば、しほとの関係だって改善される。


 俺と彼女の『物語』が終わり、そして二人の『人生』が始まるのだ。


(あるいは、お前が自分に絶望して自分を殺した時に、俺がお前になる可能性もあるけどな)


 ……そうはなりたくないな。

 モブキャラの自分を改善できなければ、俺はまたは違う人格に成り変わるのだろうか。

 そんな結末は後味が悪すぎる。


 ちゃんと、ハッピーエンドを迎えることができるように。


(――感情を出せ)


 サッカーの第二試合が始まる。

 試合に出ると、消極的な思考を排除するためにゴールを狙った。

 しほは、パスができることを褒めてくれたけど……彼女の優しさに甘えるだけの自分ではいたくない。


 不甲斐ない自分に妥協して、しほが好きでいてくれているからそれでいいのだと諦めて……この先もずっと、しほに肯定されることだけに満足して生きるのか?


 しほは言った。

 中山幸太郎は、ありのままでいい――と。


 その言葉の意味を、はき違えるな。

 彼女が好きな中山幸太郎は、今の俺というわけじゃない。


 霜月しほが好きになった中山幸太郎は『素』の中山幸太郎なのである。


 進化が必要なわけではなく。

 現状維持が求められているわけでもなく。


 退化した今の中山幸太郎を改善する。


 ここまで来て、何を言っているのか――と、なるかもしれないけど。

 俺がやるべきことは『原点回帰』なのだ。


 たとえば、サッカーで『ミスをすること』を怖がるよりも、『活躍したい』『勝ちたい』『ゴールを決めたい』と思えるような、誰だって持つ承認欲求をちゃんと表現できるようになりたい。


 それは理解している。

 分かっているのに……体に染みついた今までの生き方を否定することは、難しかった。


 体が勝手に黒子になろうとする。

 ボールを受けたら、真っ先にパスを選択する自分がいる。


(――違う)


 分かってる。


(――そうじゃない)


 分かってる。


(――失敗してもいいんだぞ?)


 ……分かってる。


(――逃げてばかりだな)


 ……分かってる!


 言わなくても、気付いている。

 でも、体が言うことを聞かない。

 プレイは一瞬だ。刹那の判断に自分という人格が現れる。


 その際、どうしても俺は消極的な姿勢を崩すことができなかった。


 熱が、足りない。

 しほに関連していないことだと、どうして俺は頑張ることすらできなくなるのだろう?


 その答えは、いくら自分で考えても分からなかった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る