四百五話 クラス対抗スポーツ大会 その10

『次は私を見ててね? ……私だけを見てないと拗ねちゃうからね? 他の女の子に目移りするな――とは言わないけれど、三秒以上は見つめないでねっ』


 そう言って、しほは試合に向かった。

 相変わらずの独占欲に、彼女には悪いけど頬が緩んだ。


(可愛いけど……『やきもちを妬かないでほしい』って言ったのは失敗だったかも)


 ちょっと前にそう言って以降、しほのそういった感情が逆に激しくなっている気がする。

 たぶん、彼女は俺への不安を……いや、愛されていることへの不安が強くなっているのだ。嫉妬というめんどくさい感情に自覚があるからこそ、俺に見離されることを恐れて、更に束縛が強くなる――のかもしれない。


「君しか見えていないんだけどなぁ」


 そう呟きながら、フェンスにもたれかかる。

 グラウンドを一望できるその場所で、ソフトボールの試合をしているしほを応援していた。


『私はライトよ! つまり、日本人最強の元メジャーリーガーの選手と同じってことね』


 試合前、テンションの上がったしほにそう報告された。

 でも、うまくプレイできるのかどうか、俺としてはちょっと不安だった。


 人見知りだし、変なことにならないといいけど。

 ……なんて、要らない心配をしながら試合を観察していた時のこと。


「おにーちゃん、友達いないの?」


 ベンチからやってきた梓に声をかけられた。

 彼女は補欠なのである。まぁ、しほよりも運動が苦手みたいだから、仕方ないのかもしれない。


「気を遣って来てくれるなんて、梓は優しいな」


「ち、違うから! 霜月さんが守備の間は暇なだけだもんっ」


 今はしほと梓の所属する一組は守備中だ。

 攻撃中はしほと仲良くベンチに座っている梓だけど、守備になると毎回のように俺のところに来るから、我が妹ながらとても優しい子だと思った。

 梓なら、他の女子と言うか家族だからしほも許してくれるだろう。


「友達……新しいクラスで二人くらい男子の友達ができたぞ」


「え? そうなんだ……ふーん、なんか変なの。おにーちゃんって他人に興味ないと思ってた」


「梓にとって俺は何なんだ?」


「おにーちゃんスイッチで動くロボット。ほら、幼児番組でやってるでしょ? おとーさんスイッチってやつ。あれと似たような機能で動いてると思ってたから」


 そんなスイッチないよ。

 ……まぁ、俺に人間味が薄いことは、否定できないかもしれないけど。


「…………おにーちゃんスイッチ『お』。面白い話して」


「暇だからってそんな無茶なこと言うなよ」


 女子のソフトボールは三イニングしか行われない。

 ただ、男子と違って活気はまったくなかった。みんな行事だから仕方なくやっている、という感じである……楽しそうなのはしほだけだ。一球ごとに球が飛んでこないかビクビクしているところとか、本当にかわいい。ずっと見ていられる。


 そうやって俺は試合を楽しんでいたけど、梓はしほを観察するのも飽きたようである。

 手持無沙汰と言わんばかりにしゃがみこんで、足元の草を引っこ抜いては俺の靴の上に乗せていた。本当に暇なんだろうなぁ。ソフトボールにも飽きている様子だ。


「……じゃあ、この前しほが『おねしょしたと思ったら夢だった』って話でもするか?」


「オチがタイトルになってて展開が分かるからつまんない」


 梓が俺に求めるハードルが高すぎる。


「そもそも俺が面白くない人間なんだから……難しいなぁ」


「おにーちゃんっていつも霜月さんのお話ばっかりでしょ? たまには自分の話とかできないの?」


 俺に関する面白い話――か。

 うーん……振り返ってみると、やっぱり何もなかった。


「つまらない兄でごめんな」


 苦笑しながら謝ると、梓が俺の靴の上に乗せた草を払ってちょこんと立ち上がる。


「まぁ、つまらないけど、いいおにーちゃんだからいいよ。じゃあ、攻撃だからベンチに戻るねー」


 そう言って人懐っこく笑ってから、梓は俺から離れて行った。

 ……最近、梓も良く笑うようになった気がする。


 明るくなった義妹を見ていると、暗くなりそうだった心も軽くなった。

 あんなに可愛い妹が慕ってくれているのだ………いつか、ちゃんと面白い話ができるように、自分のことにも興味を持てる人間になりたいものである――

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