四百四話 クラス対抗スポーツ大会 その9
全然うまく動けなかった。
そう自分では認識している。
しかし、俺の『一人称』と現実の『三人称』には、少しの乖離があるようで。
「かっこよかった!」
ベンチに戻って、開口一番。
しほに大きめの声でそう言われて、俺はポカンと口を開けてしまった。
「かっこよかった? 誰が?」
「幸太郎くんが!」
「……本当に?」
「うん!」
俺を讃えるように両手を叩くしほ。
お世辞でも、俺を励ましているわけでもない。
心の底から、俺のプレイを見て興奮しているようだった。
テンションが上がって周囲にいる俺のクラスメイトも見えていないらしい。声が大きいせいで彼らにも俺たちの会話も聞こえているようで、俺にジトっとした目線を送っていた。
……少し。いや、これはかなり居心地が悪い。
「しほ、そろそろ試合だっけ? とりあえず行こうか」
ベンチから離れるように歩き出すと、しほがちょこちょこと後ろをついてきた。
「幸太郎くんが素敵なところを見せてくれたから、今度は私が頑張るわね。まさかあんなにサッカーが上手なんて思ってなかったわ……っ!」
やっぱり、彼女と俺の認識はズレている。
俺は上手くいかなかったと肩を落としているのに、彼女はそんな俺を賞賛しているのだ。
なんだかよく分からない。
こういう時、反射的に否定しそうになるのだけど……それをグッとこらえた。
「そうかな? 俺、自分では微妙だった気がしてるんだ。ほら、パスばっかりで積極性がなかったし……あんまり走ってもいなかったから」
まずは自分の考えを丁寧に伝える。
その上で、俺には見えなくてしほには『見えていた』ものを、ちゃんと知るために耳を傾けた。
「あら……もしかして幸太郎くんの悪いクセが出てる? 自分を褒めてあげられていないのね。だから浮かない顔をしていたのかしら」
しほも俺の異変をなんとなく察知していたらしい。
呆れたように息をついてから、仕方ないなーと言わんばかりに説明してくれた。
「バスばっかり? 積極性がない? 走ってばかり? ……『そんなこと』より、あんなにいっぱいパスをできていたことが、すごかったわ」
悪い面を見るのではなく。
しほは、俺の良い面をずっと見てくれていた。
いや、悪い面を見ないようにしていたとか、そういうわけじゃない。悪い面なんてどうでもいいと感じるくらい、俺の良い部分を感じ取ってくれていたのだ。
だから彼女は俺を讃えてくれたのだろう。
他の生徒も多くいるベンチで、周りの目なんか見えなくなるくらいに興奮して、大きな声を上げてしまったにには、そんな理由があったのかもしれない。
「ありがとう……しほだけだよ、そう言ってくれるのは」
小さく笑って、感謝の気持ちを伝えようとしほの肩に手を置こうとする。
しかし、彼女は俺が手を伸ばした瞬間、ほんの少しだけのけぞって、距離を取った。
「そうでもないわ」
先程よりも、ワントーン落ちた声が発せられる。
興奮の熱が一気に冷めたように、しほはボソッとこう呟いた。
「他に見ていた女の子たちも、幸太郎くんの話をしていたわ……意外に運動ができるんだねーって、その程度のお話だったけれど、それでもあんまり良い気持ちはしなかったもの」
……やっぱり、以前よりもしほは少しぎこちない。
ちょっと前に家で二人きりになって話をしたあの時から、何かの拍子で小さな影を見せるようになっていた。
ただ、その影は『嫌悪』から生じたものではないと分かっている。
「やきもちは、あまり良くないから隠そうとしていたけれど……やっぱりダメね。私、なんだかムキになっちゃって、思わず幸太郎くんに大きな声で話しかけちゃった」
彼女は、俺のことをずっと思ってくれている。
その気持ちが好意的なものであることは、もちろん理解していた。
「確かに、しほにしては声が大きいと思っていたけど……」
「『幸太郎くんは私だけの男の子だもん!』ってアピールしてたわ」
ほら、こんな可愛いことを言ってくれる。
だから、このぎこちなさにも耐えられる。
「しほ以外の女の子なんて興味すらないよ?」
「……ええ、分かってる。でも、まだダメみたい」
いつか、俺としほがまた元通りになれたら。
その時は、以前よりももっと……近しい関係になれているだろう。
だから俺は、変わる……いや、変わる前の中山幸太郎を取り戻さないといけないのだ――
※お読みくださりありがとうございます!
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