四百三話 クラス対抗スポーツ大会 その8

 やる前から、いつだって諦めてきた。


 ――俺にはどうせ無理だから。


 そう言い訳して、頑張ることを放棄していた。


 勝ちたい気持ちなんてない。

 負けることには慣れている。


 他人よりも闘争心がない。

 感受性が弱い。

 強い気持ちが、ない。


(そんな自分で満足するなよ)


 心の声が鞭を打つ。

 いつものようにぼんやりとその場に立ち尽くそうとする俺を、叱咤する。


(『しほ』を理由にしないと動けないような人間でいたいのか?)


 イヤだ。

 そんな主体性のない人間のままでいたくない。

 行動の責任を、しほに押し付けたくない。


 ――変わりたい。


(いや、変わるわけじゃない。元に戻るんだ……中山幸太郎は『中山幸太郎』のままでいい。モブキャラの中山幸太郎さえいなくなれば、それでいいんだ)


 分かってる。

 だから、必死に自分の殻を破りたい。


(たまには、本気になれ)


 その声が響くと同時に、ボールが来た。


「中山! 任せたっ」


 言われた通りにフィールドの前方付近にいたら、中央にいた花岸からボールが来た。

 芝を滑るように転がってくるボールを受けると、相手のディフェンスがこちらに迫っているのが見えた。


 サッカー部の生徒だろうか。動きが速い。


 このままだとボールが奪われる――思考が一瞬でそちらに傾いた。

 だからだろう。視界の端にクラスメイトがいるのを見つけたと同時に、俺はそちらにボールを蹴っていた。


「ナイスパス!」


 運動部っぽい彼は俊敏な動きで駆け上がって、そのままシュートを放つ。しかしボールは惜しくもポストに直撃して、ゴールとはならなかった。


「惜しい! 中山、いいパスだったけど……自分でドリブルしても良かったんじゃないか?」


 駆け寄ってきた花岸にそう声をかけられる。

 その言葉に、俺は薄く笑うことしかできなかった。


「ごめん。無意識にパスしてた」


「ん? いや、謝る必要はねぇよ。ナイスパスだったし」


「……そっか」


 花岸から距離を取って、取り繕った笑みを消す。

 それから、自分の手を見つめて……小さく息をついた。


(まだ、端役でいようとしてるな)


 うん。その通りだ。

 あの時、自分でボールを運んでもいい状況だった。

 確かにサッカー部らしき動きの相手がいたけれど、ボールを取られてもいいから攻めても、誰も文句は言わなかっただろう。


 それなのに俺は真っ先にパスを選んだ。

 自分でゴールを決める――その選択肢が、頭の中に最初からなかったのだ。


(刷り込まれてるんだよ。モブキャラの思考が、な)


 消さないといけない。


(気持ちが弱いんだ。竜崎に言われただろ? たまには燃えてみろって)


 足りない。

 心の薪が……意志が、まだまだ足りない。


(試せ。何度でも)


 ……もちろん、試合は終わっていないのだ。

 これから何度もチャンスはあるだろう。その中で、一度でもいい。


 自分を中心に動くこと。

 相手に合わせるのではなく、意志を持って行動すること。


 別に難しいことじゃない。それさえできれば、自ずと中山幸太郎の人間性だってにじみ出てくるはず。


 それなのに……この後も俺は、パスばかり出し続けた。


 たかがサッカーだから関係ない――わけがない。

 スポーツだからこそ、自意識がないことが欠点として浮き彫りになる。


「中山、遠慮してるのか? もっとできそうなのに、もったいないな」


 試合が終わる。

 結局、いいところも悪いところもなく、無難にプレイを終えた俺に花岸はこんなことを言った。


「おい、全然汗かいてないじゃねぇか! もっと走らせれば良かったか?」


 明るい笑顔を浮かべているので、俺に悪い気持ちを抱いているわけじゃないだろう。

 だけど、汗だくの彼を見ていると……なんだか罪悪感がこみ上げてきて、思わず目をそらしてしまった。


「ごめん」


 ……いったいいつになったら、俺はモブキャラでいることをやめるのだろう?

 いつまでも情けない自分が、嫌いになりそうだった――




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