四百一話 クラス対抗スポーツ大会 その7
間もなくして、俺の所属する三組の試合が始まった。
その様子をベンチに座りながら眺めていると、ちょんちょんと背中を誰かにつつかれた。
「だーれだっ」
……そんなこと聞かれても、分からないわけがない。
聞いているだけで涼やかな気持ちになれそうな声の持ち主は、もちろん彼女だった。
「しほ?」
「そう、私でーす!」
振り返ると、そこにはニコニコと笑っているしほがいた。
いつもより長く日の下にいるせいか、ほっぺたが赤い。そのせいか少し幼く見える……こうしてみると、しほは少し童顔なのかもしれない。
真顔だと冷たい印象が強くなるから、その分大人びて見えるけれど。
笑顔だとあどけなさが前面に出てくるおかげで、子供っぽい。
相容れない二面性を有するところが、しほの魅力でもあった。
「あなたを見にきたのに、どうして暇そうに座ってるのかしら」
しほは約束通り応援に来てくれたようだ。
ただ、俺が試合に出てないので、それは申し訳なかった。
「……ちょっと事情があって、試合に出るのは後になったんだ」
てっきり、試合には出なければいけないものかと思っていたけれど。
伊倉が『午前中の比較的涼しい内に試合に出ておきたいから僕が先に出る』と言ったことで、一試合目はベンチスタートになったのである。
三組は運動部も多いので、帰宅部と文化部の生徒は俺を含めても五人しかいなかった。その五人で試合の交代はローテーションしていいらしいので、ずっと試合に出なくても良さそうである。
「あら、そうなの……残念ね。高校野球のマネージャーさんみたいに、応援してみたかったのに」
残念そうにそう言いながら、しほは俺の隣にちょこんと座った。
ベンチにはサッカー部の友達っぽい女子たちも何人かいるので、しほがいてもたぶん大丈夫だろう。
ただ、しほの存在はやっぱり目立っていて、他の男子たちの視線が集まっていることも感じた。
あと、サッカーの試合が激しくなっているというか……熱を帯びているように見える。もしかしたら意識されているのかもしれない。
そんな視線を浴びて、一年生の頃のしほならすぐに逃げていたかもしれないけれど……今は大丈夫なようである。
「ついでにあずにゃんも連れて来ようとしたけれど、『おにーちゃんに興味ない』ってツンデレして来なかったわ」
あまり気にした様子もなく、普段通りだった。
人見知りというか、視線恐怖症に近い状態だったので、それが改善したのはいいことだと思う。
やっぱり、しほもちゃんと成長しているのだ。
「別にいいよ。俺は別に活躍しないだろうし、見てもあんまりだと思うから」
しかし……俺はやっぱり、まだまだ足りないようだ。
「活躍とかはどうでもいいわ。ただ、幸太郎くんを応援したいだけで……別に結果なんて気にしてないわよ?」
――言われて、ハッとした。
俺はまた、自分を下げて……いや、ハードルを下げることで予防線を張ろうとしていたのだろう。
「ミスばかりしていても失望したりしないわ。むしろ、ドジっ子な幸太郎くんを見られるのだとしたら、それはそれで楽しみね」
……まだ俺は、怖がっているのだろうか。
かっこ悪いところを見せたら、しほに嫌われる――そう考えているから、こうやって無意識のうちに予防線を張るのだろうか。
(しほは成長してるのに……俺も、少しは彼女を見習えよ)
変わりたい?
いや、変わってしまった自分を、元に戻したい。
モブキャラの皮を被った中山幸太郎、ちゃんと外に出してあげたい。
そう思っているのに、俺はまだモブキャラのままでいようとする。
そんな自分には、もううんざりだった――
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