三百九十九話 クラス対抗スポーツ大会 その5

 竜崎とキラリが去って。

 そろそろ三組の集合時間が近づいていたので、指定された場所に向かった。


 運動公園の広いサッカー場なので、ゴールの後方にも大きなスペースがある。

 公式の試合ならここも使用禁止だと思うけど、学校の行事なので生徒たちは関係なく往来していた。その一角にクラスメイト達を見つけたので、ふらふらと近寄ると。


「あ、中山! ちょうど良かった」


 丸坊主の花岸が声をかけてくれた。いつもみたいに明るい笑顔で俺を手招きしている。

 その隣には、どんよりとした顔の眼鏡の男子がいた。めんどくさそうにため息をついている。


 彼の名前は伊倉。いかにも文系っぽい細身の色白で、丸まっている猫背が特徴的なクラスメイトだ。


「今から準備運動もかねて練習しようぜ!」


 試合時間までまだちょっと余裕がある。他のクラスメイトもボールを蹴ったりして遊んでいたので、準備運動をやっても問題なさそうだ。


「それはいいけど……伊倉も一緒にやるのか?」


「残念ながら、ね。僕はイヤだって言ったのに、この野球バカが強引なんだよ」


 ああ、そういうことか。

 だからミスマッチな二人が一緒にいたわけだ。


「もやしみたいな体してるんだから、少しは体を動かさないと不健康だろ?」


「君みたいな筋肉よりはもやしがマシだけどね……まったく、いつも以上に暑苦しいな。だからこういうスポーツ系のイベントは嫌いなんだよ。運動部のバカ共が調子に乗るから」


 ……伊倉は結構、皮肉屋みたいだ。

 彼とはあまり話したことがないので、こういう性格だと初めて知った。


「中山もそう思わないかい?」


「え? ああ、うーん……どうなんだろう?」


 急に話を振られたいせ少し驚いてしまった。

 当たり前のように俺の名前も知っているようだ……覚えられていない方が多かったので、認知されているだけでなんだか嬉しかった。


「あれ? 君は僕の仲間じゃないのか? こんなくだらないイベント、適当にやり過ごすタイプに見えていたんだけどね」


「あはは! 中山はお前みたいに性格が悪くないんだよ」


「性格が悪いことは否定しないさ……はぁ。せめて怪我をしない事だけは祈っておこうかな」


 肩をすくめて、伊倉がもう一度ため息をつく。そんな彼を花岸は豪快に笑いながら肩を叩いていた。


「祈ってるだけじゃ意味がないから準備運動するんだよ! お前、頭いいのにバカだな」


「バカに言われたくないけどね。中山はそう思わないかい?」


「んー。まぁ、花岸だけはバカって言葉を他人に使ったらダメな気がするけど。この前やった数学の小テスト、一点だったし」


「十点満点の、な! つまり百点満点で考えると十点だから、実質十点だろ」


「意味が分からない。やっぱり脳みそまで筋肉なのか、君は」


 そんな雑談を交わしていると、花岸が急に動き出した。


「じゃあ、そろそろ走ろうぜ!」


 準備運動をするのだろう。黙ってついて行くと、伊倉も遅れて渋々といった感じでついてくる。

 暑いけれど、確かに準備運動は大切だろう。ただでさえ動き慣れていないので怪我もしやすいから――ということで、マラソンやストレッチを俺はちゃんとやった。


「疲れた。もう動きたくない」


 一方、伊倉は全然やる気がなかった。

 マラソンもストレッチも適当だった。


「おい、ちゃんとやれよ。お前、足が折れてトランペットを弾けなくなっても知らねーぞ?」


「足が折れても手は動かせるし、僕が部活で担当しているのはユーフォニアムだし、そもそも管楽器は『弾く』んじゃなくて『吹く』んだよ」


「お前何言ってるんだ?」


「バカには難しかったか」


「意味分かんねぇこと言ってないで、ちゃんとやれよ」


「君はうるさい男だな」


 花岸の言葉にも伊倉は耳を貸さない。

 まぁ、怪我をしなければいいんだけど……この様子を見ると、ちょっと不安だった――

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