三百九十八話 クラス対抗スポーツ大会 その4


 竜崎とキラリと雑談を交わしていたら、とうとう一試合目が始まった。

 目の前に広がるサッカー場で男子たちが走り回っている。少し離れた場所では女子のソフトボールも開始しているのだろう。


「そういえば、次は中山のクラスの試合なのか」


 俺が所属しているのは二年三組。

 竜崎、キラリ、結月は二年二組。

 しほと梓は二年一組。


 ちなみに、二学年は五クラスある。クラス対抗なのでトーナメント形式ではなく総当たり戦で、合計四試合を行うことになっていた。

 もちろん、試合時間は一試合は短めに設定されており、25分ずつとなっていた。


「へぇ~。こーくんって運動できたっけ? ってか、全然覚えてないんだけどなんで? 中学時代、普通に友達だったつもりなのに、全然あんたのこと分かんないのウけるw」


 まぁ、それだけ浅い関係性しか築けなかったということだろうなぁ。


「……俺も分かんねぇな。お前、運動できんのか?」


 いや、竜崎まで便乗してこなくていいよ。

 お前が俺のことを分からないなんて当たり前なんだから。


 ――と、心の中で思ったけれど。


「中山が本気で運動しているところを見たことがない。お前、体育の時間とかいつもぼんやりしてただろ?」


「うんうん。こーくんが必死になって動いてるところ、アタシは見たことないんだよね~」


 関係性が浅い、とか。

 仲が悪かった、とか。

 そういうことが理由ではなく……単純に、俺が一度も本気を出したことがないせいだった。


 いや、その言い方だと語弊があるな。『本気を出していない』なんて、余裕の人間の表現方法である。


 俺は『一生懸命』になったことがないのだ。


 ――どうせ誰も見ていない。頑張っても無意味だ。


 そういう思考が頭の根っこにあって、やる前から諦めてばかりだったのである。


「せっかくだし、たまには燃えてみろよ……しほのことだけ必死になるんじゃなくて、な」


「にゃははっ。りゅーくんって霜月しほのことを言える立場だっけ?」


「痛いところを突くんじゃねぇよ……俺が言えることじゃないってことは、分かってるから」


「おいおい、初恋の人は忘れてそろそろアタシに溺れてくれてもいいんじゃない? ダメなりゅーくんでも愛してあげてるんだから、そろそろ報わせろっ」


「……ゆ、結月が待ってるから、そろそろ戻るぞ!」


「あ、逃げるな! 待てーっ」


 ……なんなんだ、あの二人は。

 最後あたり、俺が会話を挟むことなく竜崎とキラリはこの場を去っていった。


 相変わらず竜崎はへたれみたいだけど……キラリとのやり取りに遠慮は見当たらず、以前よりもはるかに対等になっていて、仲が良さそうだった。


「…………」


 再び無言の時間が訪れる。

 サッカーをしている別のクラスの生徒たちを眺めてみると、彼らは行事だろうと関係なく本気で取り組んでいるように見えた。


(俺は、ああやって何かに夢中になったことがあるのか?)


 心の声が、自問する。


(もちろん、しほ以外のことで――だ)


 今までの人生を振り返ってみて、記憶を探したけれど、やっぱり見つからない。

 俺は、しほに関連していないことで、一度たりとも頑張ったことがなかった。


 ……頑張っている『ふり』をしたことならあるかもしれない。

 でも、周囲の目を忘れて、無我夢中で何かをしたことなどない。


『たまには燃えてみろよ』


 竜崎の言葉が頭の中で繰り返される。

 燃えるには、俺という人間はどうにも湿っぽすぎるかもしれない――

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