三百九十七話 クラス対抗スポーツ大会 その3


 キラリの話を聞いて『普通』とは何かを考えている時だった。


「おい、キラリ。何やってんだよ」


 俺の背後からあいつの声が聞こえた。

 ハッとして振り返ると、そこにはポケットに手を入れた竜崎がいた。


 あいつはムスッとした表情で俺とキラリを見ている。

 一方、キラリは竜崎が来た途端に表情を一段階明るくした。


「あ、りゅーくんだ。なんでいるの?」


「なんでって……トイレに行くって言っていつまでも帰ってこないから探しに来たんだよ」


「にゃははっ。そんなにアタシの行動を監視したいの? りゅーくんは結構束縛気質だねー」


「そんなんじゃねぇよ。暑いからどこかで倒れてないか心配しただけだ」


「心配性かっ。りゅーくんが思っている以上に女の子は頑丈にできてるんだから、そんなペットの小動物みたいな扱いしなくて良くない?」


「少し気にかけただけでそこまで言うか……まぁ、何も問題がないならいいんだよ」


 ……意外とフランクな会話にちょっとだけ驚いた。

 以前までは力関係が明確で、キラリは竜崎を否定することを絶対に言わなかったのに。


「それで、中山と何してたんだ?」


「浮気してた!」


 ……ほら。こんなこと、以前までのキラリが言うはずがない。

 竜崎が不快になる可能性がある発言なんて、彼女が絶対に避けていたことなのだから。


「マジかよ。中山、そうなのか?」


「違う。ありえない。なんで信じるんだよ」


 首を横に振ると、竜崎は苦笑を浮かべた。


「勘弁してくれ。中山はこの世で一番嫌いなやつだから、こいつと浮気されるとショックが大きいんだよ」


「嫉妬した?」


「した……ってか、そもそも付き合ってないから浮気でもないだろ」


「だから、アタシが他の男の子と話してても良くない?」


「その理論は正しいんだが、男心を弄ぶのはやめてくれ。なぁ、中山もそう思うだろ?」


 不意に竜崎が話を振ってくる。

 いやいや。俺のことが世界で一番嫌いなら、無視してくれてもいいのに……別に俺もイヤというわけじゃないんだけど、竜崎と普通に会話することに対して違和感がすごいのだ。


「俺は別に、大丈夫だけど」


「はぁ? こいつには独占欲がないのか?」


「こーくんはなさすぎるけど、りゅーくんはちょっと強すぎるんじゃない?」


 ……客観的に見ると、本当に不思議な状況だった。

 竜崎とキラリと俺が、とりとめのないような雑談を交わしているのだ。


 こんな状況、つい数ヵ月前には考えられなかった。

 それくらいみんなが変わった――と、そういうことなのだろうか。


「にゃははっ。別に大したことなんてしてないよ? ただ、トイレに行く途中で一人寂しそうなこーくんを見つけたから、飲み物を手土産に気まぐれに話しかけただけだから」


「そうか……いや、別に浮気をマジに思ってたわけじゃないから、いいんだがな。そもそも、中山が浮気なんてできるわけないだろ。こいつはそういう人間だからな」


「竜崎の中で俺はどんな人間なんだよ……」


 微かに、頬が緩む。

 竜崎の前では決して笑うことなどなかったのに、色々なことが起きたせいか、無意識に感情が緩んでいた。


 去年のこの時期は確か宿泊学習があったから……まさか一年後にこうやって雑談するなんて思っていなかった――



※いつもありがとうございます!

作者の八神鏡です。連載分はほとんど掲載が終わったので、これからは一日一回の更新頻度になると思います。小説家になろうの方ではおまけ話や小話もたくさんあるので、そちらもぜひ見てみてください(`・ω・´)ゞ

2月19日には2巻が発売されます。そちらもお読みいただけますと嬉しいですm(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る