三百九十五話 クラス対抗スポーツ大会 その1

 七月の上旬。

 二学年の生徒は、市内の運動公園に集められていた。


 本日、いよいよクラス対抗のスポーツ大会が開催される。

 男子はサッカー、女子はソフトボールをぞれぞれ行うことになっていた。


「…………」


 さて、どうしよう?

 サッカー場のそばで、ぽつんと一人佇む。

 しほと梓はソフトボールが行われるグラウンドの方に行ってしまった。試合までもうちょっと時間があるみたいだけど、敵上視察ということらしい。いつもだけど、しほは学校の行事イベントが好きみたいで、今日も楽しそうだった。



 本当は、俺もそっちに行きたいところだけど……次に俺たちクラスの試合があるみたいなので、この場を離れることはできない。しほと梓も、俺たちクラスの試合が始まるまでに戻るらしい。


 と、いうことで……少しの間、一人で時間を持て余していたわけだけど。


「テストまであと10日くらいなのにスポーツ大会なんて、正気だと思う?」


 不意に話しかけられた。

 ぼんやりしていたので、ハッとしてそちらを振り向こうとして……その前に、首筋に冷たい感触を感じて、息がつまった。


「うぐっ」


 結果、変な声が出てしまった俺を見て……彼女は笑っていた。


「にゃははっ。びっくりした?」


「――え? あ、うん……い、いきなりだから、びっくりした……キラリ」


 そう。浅倉キラリが、俺に話しかけていた。

 いきなりのことである。まさか彼女が現れるとも思っていなかった……冷たい感触より、急に話しかけられたことより、キラリの顔を見た時の方が心臓の跳ね方が大きかった。


「そんな、オバケを見たときみたいな顔はしなくてもいいのに。アタシは別に死んでないよ?」


 赤いフレームの眼鏡が太陽の光を反射して光る。逆光にキラリはちょっとだけ顔をしかめて数歩移動した。動くとふわっとした茶色い髪の毛が弾む。しかし髪型は変わらないので、恐らくヘアスプレーを使用しているのかもしれない。


 ――そんなどうでもいいことを考えるくらいには、思考が止まりかけていた。


「……表情豊かになったねぇ」


 そんな俺を見て、キラリはニコヤカに笑っている。

 親しげな笑顔を見ていると、やっぱり落ち着かなかった。


「おーい。そろそろ落ち着いてもいいんじゃない? ちょっと話しかけただけじゃん。そんなにアタシのことイヤなの?」


「い、いや。違う……ごめん、動揺してるだけだから」


「ふーん? まぁ、どうでもいいけど。ほら、飲み物あげるからそろそろアタシに慣れて」


 それから、先程首筋に押し当てられたペットボトルを差し出された。

 どうやらあげるつもりで持っていたらしい。スポーツ飲料水のラベルには、暑さのせいで水滴がびっしりとこびりついていた。


「ありがとう。でも、いきなりどうした?」


 本当に、分からない。

 このタイミングで話しかけられる理由や意図が、よく分からなかった。


「別に? ただ、ぼっちなこーくんを見て可哀想だっただけ」


「……俺って、可哀想に見えるのか」


 まぁ、キラリは根が優しいのでそれなら理解できる。

 同情と言うか、気にかけてくれたのかな?と納得しかけたのに。


「――ううん、ウソ。ごめん、照れ隠し。ちょっとアタシが話したかっただけ」


 そんな、急に素直になられても困った。


 キラリ……俺は君と話してもいいのか?

 そもそも、キラリは竜崎と仲良くやっているわけで、そこに俺が関わってもいいのだろうか?


 果たして、このイベントにはどんな意図が――


(意図なんてないだろ)


 ――おっと。そうだった。

 心の声で、ハッと我に返る。


 物語的な思考は、もうやめないといけないのになぁ。

 相変わらずメタ的な思考は直らない。


 でも、これに気付くことができるようになっただけ、少しは成長しているのかもしれない――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る