三百九十四話 普通の女の子


 キャラクターの魅力とは何か。

 かわいい。綺麗。かっこいい――そういう抽象的なことではなく、もっと具体的にキャラクターの魅力を表現するには、どうしたいいのかという問い。


 それに対して、ライトノベルではこんな一般論が普及している。



『キャラクターの魅力とは【ギャップ】である』



 普段は気が強いのにオバケが怖い――とか。

 成績優秀なのにドジばかりする――とか。

 ギャルっぽいのにオタクな趣味がある――とか。


 綺麗で物静かなのに、モブキャラにだけはオシャベリーーとか。


 そういうギャップが、キャラクターに深みを与える。

 逆に言うと、物語におけるキャラクターとはギャップが当たり前のように搭載されていた。


 だから俺は、無意識にしほをその法則に当てはめていた。


『見た目は完璧なのに、意外とポンコツ』


 そういうフィルターを通して見ていたからだろう。


 しほは運動音痴なのだと、そう思い込んでいた。


 ポンコツ、という記号化したキャラクターをしほに押し込んでいた結果……俺は、利き腕が逆だったことも気付くことができずに『そういうもの』だと思考を放棄していたのだ。


(悪いクセだな)


 苦笑して、後方に転がっていったボールを拾う。

 手に取ったおもちゃのゴムボールは、草の上を跳ねたせいか少しだけ緑色になっていた。

 それを軽く服で拭ってから、再びしほに向き直る。


(――ちゃんと見ろよ)


 頭の中の声が、そう命じた。

 その言葉に従って、今度こそしっかりとしほのことを見る。


 勘違いするな。

 彼女を『メインヒロイン』に記号化するな。

 霜月しほ、そのものを……ありのままに、受け入れないと。


「ほら、幸太郎くん! 早くー!」


 上手く投げることができたからなのか、しほのテンションは更に上がっている。

 一瞬、こんな炎天下で大丈夫なのか――と不安に囚われるが、それもまた自分の思い込みだと我に返る。


(彼女は別に、体が弱いわけじゃない)


 うん、そうだ。

 だから、過保護にすることの方が間違っている。


「分かった。行くよー」


 それから、こちらからもボールを返す。

 軽く投げたボールは、しほがハメなおしたグローブに当たってぽとりと地面に落ちた。さっきまで後ろに抜けてばかりだったけど、少しずつ慣れてきているらしい。


「うにゃー!」


 もう一度、左手でボールが投じられる。

 先程よりも綺麗な軌道で、今度は俺の手の届く範囲にやってきた。


『私、やればできる子なのよ! ママとパパにもよくそう言われるから!』


 ふと、しほの言葉を思い出す。

 彼女の両親は、ちゃんと娘のことを見ているのだろう……しほは普通の人間らしく、当たり前のように、頑張ればなんだってできるような女の子なのである。


 そう。しほは――単なるメインヒロインじゃなくて。

 彼女は、どこにでもいるような『普通の女の子』でもあるのだ。


 そのことを、ちゃんと理解する必要性を感じた。


(じゃあ、俺は……中山幸太郎は『普通』なのか?)


 同時に、自らに対する疑問も出てくる。

 今まで、何かの役割を演じてばかりいたけれど……俺は、ちゃんと自分のことを『普通』だと認識できているのだろうか。


 いや……普通にやればいいものを、何かしら理由をつけて諦めてばかりだったかもしれない。

 そんな自分を、そろそろ変えないといけなかった――

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