三百九十二話 まるで小さい子供とキャッチボールしている休日のお父さん


 カッ!!!

 太陽が擬音を発しているような錯覚を起こすくらい、日差しは強かった。


 一応、対策に日焼け止めは塗っているけれど……こんなに汗をかいているのだから、効果は薄いかもしれない。

 しほみたいに、熱くても我慢してジャージを着用した方が良かったかな。

 もしかしたら梓がバテているのも、陽光のせいだろうか。二人とも引きこもり気質は一緒なのに、しほがまだ元気なのはちゃんと日除けしているからだと思った。


 とはいっても、あまり長い時間は好ましくないよなぁ――などと、思考が明後日の方向に飛ぶ。


 それくらいの空白があった。


「?」


 しほが首を傾げていた。

 不思議そうに、地面を転がるボールを見てキョトンとしている。


「あれ? 私、無意識にスプリットフィンガーファストボールでも投げちゃったかしら」


 数秒ほどして、ようやくしほが再起動した。

 しかし、まだ現実を受け入れることができていない。


「……投げる力が足りなくて、届かなかったっていう可能性はない?」


 さりげなく理解を促してみる。

 でも、しほは自分のことをすごく信じていた。


「うふふ♪ 幸太郎くんったら、面白い冗談を言うのね」


「面白いかなぁ」


 当たり前のように冗談として処理されてしまった。


「ふむ、これは……そうね。一瞬だけ重力が強くなった――そうとしか考えられないわ」


 あくまで外部からの力が作用したと、そう思っているらしい。


「暇なときに甲子園もプロ野球も見ている私が、下手くそなわけないもの」


「け、経験がないなら、未熟でもおかしくないんじゃない?」


「頭の中で経験してるから大丈夫よ」


 俺の言葉にしほは耳を貸そうとしない。

 すごくポジティブだった。


「おにーちゃん、こうなった霜月さんは無敵だから諦めたら?」


 まったく会話がかみ合っていない俺たちを見かねたのか、木陰から梓がアドバイスをしてくれる。


 そうだな。確かに、しほの説得は難しそうだ。


「幸太郎くん、早く投げてー」


「分かったー」


 距離は先程と変わらない。地面に落ちているボールを手に取って、軽くしほに向かって投げた。

 相変わらず面白みのない運動能力なので、ボールは綺麗とも汚いとも言えない軌道を描いてしほに向かっていく。


 捕りやすくも捕りにくくもない、微妙な位置に投げられたボールは……綺麗にしほのグローブの横を通過して、後ろに抜けていった。


「……幸太郎くん、スラーブでも投げた?」


「『スラーブ』が何かよく分かんないけど、たぶん投げてないかな」


「じゃあ何で私は取れなかったの?」


「自分の胸に聞いてみたら分かるよ」


「Aカップだから分からないわ」


「そういう話じゃなくてっ」


 大きさなんて関係ないよ。

 しほには大きくないという魅力が――って、俺は何を考えてるんだろう?


「とりあえず、続けてみたら何か原因が分かると思う」


「それもそうね。じゃあ、バシバシ行くわよ?」


「うん、行けるのなら来てくれ」


 言葉よりも行動が大事だ。

 分からないのなら、分かるまでやればいい。

 トライアンドエラーを経て、しほはきっと気付くだろう。


 自分が、運動を得意としていないことを。


「てーい」


 力のないボールが再び放たれる。

 相変わらず届かない投球。ゴロとなったボールをすくい上げて、しほに山なりにボールを投げる。そしてグローブをかすめることなく後方を転がり、しほは『とてとて』と可愛らしい擬音を残してボールを取りに走る。


 それが十回は繰り返されて……ようやく、しほも察したらしい。


「も、もしかして私――野球、下手くそ?」


 びっくりしたような顔で自分の掌を見つめるしほ。

 その言葉に、俺は笑いながら頷くことしかできなかった――。

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