三百九十一話 天才に根拠など要らない
来週、クラス対抗のスポーツ大会が開催される。
競技は決まっていて、男子はサッカー、女子はソフトボールとなっていた。
「幸太郎くんはサッカーの修業しなくていいの?」
怪我をしないようにストレッチをしている最中も、しほは会話を続ける。人見知りなのに会話好きなので、気を許した相手には終始こんな感じでオシャベリなのだ。
「うん。俺はどうせ出ないだろうし」
二学年のクラス構成人数はだいたい30人くらい。男女それぞれ15人ずつで、サッカーは11人の競技だから4人は出ない。もちろん俺はその4人に入ると思っていた。
「おにーちゃんってスポーツできなさそうでできるけど、できそうでできないよね」
梓が腕をグルグルと回しながら……それってストレッチなのか?
とにかくよく分からない動きをしながら、ひらがなを多めに俺のことを説明してくれていた。
「つまり、本当に真ん中なんだよ。できないとは言えないけど、できると言ったら微妙な顔されるレベルで」
「ふーん? じゃあ、後でサッカーは私が教えてあげようかしら。天才だから多分できるわ」
果たして本当にそうなのだろうか。
しほはたまに根拠がなくても自信満々なので、ちょっと疑わしい。
運動も結構、音痴だった気がするけれど……いや、否定ばかりはよくないな。
もしかしたら、俺が見ていないところで練習してすごく成長した可能性もある。
運動音痴も克服したのかもしれない。そう思ってみよう。
「うん、もし余裕があったらお願いしようかな」
「ええ、任せて!」
頷くと、しほは嬉しそうにニッコリと笑った。
サッカーについては、もし野球の練習……いや、お遊びが終わった後に、元気が残っていたらやるとしよう。
さて、そろそろ準備運動も終わりのようだ。
「じゃあ、キャッチボールでもしましょうか!」
グローブを片手に、しほが元気よく声を張り上げる。
一方、梓は逆に座り込んでしまった。
「おにーちゃん、つかれたー」
「え? ストレッチだけで?」
「もううごけない……」
普段、ずっと家にいる反動だろうか。
義妹の体力低下が著しい。まだ高校生なのに……見た目だけなら中学生でも余裕で通用するくらい若いのに。
「あらあら、あずにゃんはか弱いわね……無理しないで休んでなさい? そしておねーちゃんのかっこいい姿を見てるのよ?」
「霜月さんはおねーちゃんじゃないもんっ」
ぷーっとほっぺたを膨らませる梓。疲れているからなのか仕草が普段よりも子供っぽい。
「ちょっと休んでるねー」
「分かった。水はちゃんと飲んでくれよ」
「はーい」
梓にスポーツ飲料水を渡してから、俺もグローブを手に取った。
しほのお父さんが職場の友人からいただいたものらしい……結構使い込まれているからなのか、年季が入っていた。
「じゃあ、幸太郎くん! しまっていこーぜーっ」
「しまっ……んん? お、おー!」
十メートルくらい離れて、しほが両手を挙げて何かを叫ぶ。
よく分からないけど、とりあえず俺も真似して両手を挙げた。
「よーしっ」
もしかしたら、あれは気合の掛け声だったのかな?
しほが満足したように頷いてから、勢いよく腕を振り上げた。
「てーいっ」
そして、力のない声と同時にボールが投げられる。
白球は美しい放物線を描きながら空を駆けて――そのまま、地面へと吸い寄せられていくのだった。
『ストンッ。トン、トン……コロコロー』
芝生を跳ねたボールが、こちらに向かって転がってくる。
まだ十メートルしか離れていないのに……全然、届いていなかった。
うーん……なるほど。
やっぱりしほは、運動音痴を克服していないかもしれない――。
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