三百八十九話 大人しいように見える少女の意外な一面


 クーラーが壊れているからなのか。


「太陽に負けていいの!?」


 しほもちょっと壊れかけていた。


「幸太郎くん! 私、なんだか悔しいわ……なんで暑さなんかに苦しめられないといけないのかしら。こんなの許せないっ」


「暑苦しい……梓ね、太陽さんより霜月さんの方が熱くて嫌い」


「嫌いってことは、好きってことよね? 私も好きだから同じよ」


「意味わかんない。何その理論? 無敵だね」


「――とにかく!」


 額ににじむ汗をぬぐいながら、しほは力強く声を張る。


「どうせだから外に出ましょう? こんなに暑いのだから、中も外も一緒だわ」


「梓とおにーちゃんの部屋はクーラーが効いているから、違うけど」


「違うってことは、一緒なのよ」


「だからその理論は何なの? 無敵だね」


 二人のやり取りを聞きながら、大体の流れを把握した。

 なるほど、しほは外で遊ぼうとしているのか。


 これはまた、珍しいな……インドア派なのに、何かやりたいことでもあるのだろうか。


「まさか海にでも行くの?」


「海はダメ……幸太郎くんに見せられる水着がないもの」


「スク水でいいんじゃない? 霜月さんの体形、梓とそんなに変わらないし」


「おバカさんね。あずにゃんみたいな子供体形と一緒にしないでくれる?」


「子供じゃないよ!? 一緒だもんっ」


「一緒ってことは、違うのよ」


「無敵理論やめてっ」


 暑さに釣られて梓としほのやり取りもヒートアップしていく。

 それを横目で見ながら、俺は外に出る準備を始めていた。えっと、暑いからタオルと……飲み物は途中で買おうかな? 日焼け止めは予備も持って行っておこう。あと、着替えもあった方がいいかな?


「身長だって3センチしか梓と変わらないくせにっ」


「私は155センチだから」


「ウソつき! 149センチの梓より6センチも大きいって有り得ないっ……本当は152センチって知ってるんだからね?」


「ど、どどどうしてそれを知っているの!?」


「おにーちゃんが言ってた」


「こらー! 幸太郎くん、あれだけ秘密にしてって言ったのにー!」


 あー、こっちに矛先が向いた。

 仕方なく準備を中断して、しほをあやすように背中をポンポンと叩く。


「ごめんごめん。3センチもさばを読んでいること、つい言っちゃった」


 軽く笑いかけると、しほが途端に顔を赤くして俯いた。

 これもまた、一ヵ月前からの変化である……少し、俺の方からスキンシップを増やしただけなのに、彼女はちょっと照れるのだ。


「……許すわ」


「甘っ! おにーちゃんにだけ甘くない!?」


「私は甘党なの」


「じゃあ梓にも甘くしてっ」


「とても甘いわよ? だから外に遊びに行きましょう?」


「全然甘くないから! 霜月さんに梓の意見が通ったことなんて一度もないよ……それで、何するの?」


 しほに振り回されるのが、最早梓の日常になりつつあるのだろう。

 結局諦めて、なんだかんだしほの言うことを聞いていた。


「ほら、来週にスポーツ大会があったでしょう?」


「……そういえば、そんな行事があったような」


 言われてやっと思い出した。

 一年生の頃は宿泊学習があったこの時期。二年生は運動公園でクラス対抗のスポーツ大会をやることになっていたのだ。


「だから、修業しましょうか」


「え? 修業って……つまり?」


「――野球しようぜー!」


 両手を挙げて、声高に宣言する。

 普段はインドアで、どちらかと言えばスポーツは苦手な彼女だけど。


 実は運動が嫌いなわけじゃない。

 むしろ、彼女はスポーツ観戦を好んでいる。


 これもまた、大人しく見えるしほの意外な一面かもしれない――

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