三百八十八話 ぎくしゃく


 ――七月。ジメジメした梅雨も終わり、湿度という不快感から幾分か解放された……いや、その代わりに暑さが主張を始めたので、不快感は変わらないか。


 暑い。とにかく、熱い。

 雨粒の代わりに日差しが燦燦と降り注ぐようになった今、せめて家の中だけでもとクーラーに頑張ってもらって快適な環境を維持してもらっていたのに。


「まさか壊れるとは……」


 週末のことだった。クーラーが壊れてリビングが異常な温度に達していた。


「幸太郎くん。私、ゆで卵になりそう……」


「俺も……」


「梓は半熟くらいが好きだなぁ」


 俺たちは三人で途方に暮れていた。

 一応、俺の部屋と梓の部屋はクーラーが壊れていないけれど……それぞれの部屋は若干狭いので、しほが来た時ははだいたいリビングで過ごしてもらっている。


 今日もその通りにしていた。でも、いつまで経ってもクーラーが機能しないので、調べてみたら壊れていたのだ。


「業者さん、三日後にしか来れないんですって?」


「この時期は忙しいみたい」


 夏場は稼ぎ時だから、業者さんにとっては嬉しいことなのかな?

 ともあれ、どんなに愚痴をこぼしてもクーラーが直るのは三日後である。


「それまで部屋で遊ぶ?」


「……幸太郎くんの部屋も、あずにゃんの部屋も、微妙に回線が弱いからゲームするには不向きなのよね」


 しかし、しほが難色を示す。

 俺はよく分からないけど、オンラインゲームをするにはネットが繋がるだけじゃだめらしい。回線に強弱があることを知らなかったので、初めて聞いた時はびっくりした。


「モニターも小さいし……リビングから運ぶのは面倒だし、置き場所もないでしょう? どうしても、三人だと狭いわ」


「梓は自分の部屋に引きこもってるから別にいいよ? 二人でイチャイチャしてたら?」


 梓は暑さにうんざりしているのか、声に力がない。

 一刻も早くクーラーの効いた部屋に戻りたそうにしている。


 しかし、しほがそれを阻んでいた。


「……あ、あずにゃんとも、遊びたいからっ」


 そう言いながら、梓と手を繋ぐしほ。同じクラスになってより距離感の近くなった二人は、こうやってスキンシップも増えていた。


 しかし、梓はあまり嬉しそうじゃない。


「暑いからくっつかないで……」


 しほの熱に顔をしかめている。それでも強く拒絶しないのは……暑さのせいで気力がないからなのか。あるいは、口ぶりの割には嫌がっているわけではないから、なのか。


 ともあれ、しほは梓とも遊びたがっている。

 そう見えるような、ワンシーンではあるけれど。


(相変わらず、俺を避けているような気もするんだよな……)


 少しだけ。

 本当にわずかではあるけれど。


 最近、しほが少しだけ俺と距離を空けているような気がする。

 露骨な態度では見せないというか……まぁ、嫌われているわけではないと思う。相変わらず家には毎日のように遊びに来るし、スマホには凄まじい量のメッセージが送られているし、少し返信の時間が空いたら鬼のように電話がかかってくるので、愛情は相変わらずだ。


 ただし、二人きりになることをしほは避けているような気がしていた。


(やっぱり、いきなりキスしたらまずかったかな……)


 そう。あの時から……一カ月ほど前のあの話し合い以来、ちょっとだけしほとの関係はぎくしゃくしていた。


 とはいえ……こういうもどかしい関係性も、悪くはない。

 少し物足りなさを覚えることもある。それでも、何も変化のなかった俺たちの関係性に、ようやく動きが見えたのだから――

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