三百八十六話 欲求不満
『やきもちが理解できない』
俺の言葉に、しかし彼女は首を傾げてこう言った。
「なんで?」
やきもちが理解できない、ことを理解できないようだ。
「幸太郎くんは、私が他の男子と仲良さそうに話していたらイヤな気持ちにならないの?」
「うーん……そうだなぁ」
考えてみる。
たとえば、しほが竜崎と親しげにしていたら、俺はどうなるんだろう?
……………………。
あ、ダメだ。まったくそんな光景が想像できなかった。
「しほが他の男子と仲良くできるかな?」
「た、たとえばの話よっ」
「人見知りなのに? 俺がいないとコンビニで『おはしください』も言えないのに?」
「妄想して! がんばって私が他の男子とイチャイチャしてるところを考えなさいっ」
「……挙動不審になっている姿しか想像できないよ」
苦笑しながら、肩をすくめる。
やっぱり俺には、しほの感情が分からない。
だって、俺は――
「信じてるから」
「…………え?」
「だから、信じてるんだよ。しほが俺のことを好きでいてくれてるって……ちゃんと分かってる。想像できないけど、もし他の男子と仲良くしていても……しほは俺のことを一番に思ってくれているって、信じられる」
卑屈な俺は、しほみたいな素敵な女の子が中山幸太郎なんか好きになるわけがない――そう思っていたけれど。
そんな俺に、しほは自分の思いを『分からせた』のだ。
一度理解してしまった以上、しほの思いが本物であると知っているのだから……不安になんて、ならない。
「俺は、俺のことは信じられない。でも、しほのことなら誰よりも信じている……少し、盲信しているかもしれないけど、それでも君の愛の深さだけは勘違いしようがない」
口に出してみて初めて、俺はしっかりとした意志を持っていることに気付いた。
嫉妬とは、自己肯定感の低い人間が浮かべやすい感情なのに。
俺は意外と、嫉妬しないらしい。
――いや、違う。
嫉妬しないでいられるほど、しほが愛情をちゃんと伝えてくれているからだ。
「……俺も、ちゃんとしほに信じてもらえるように、がんばらないといけないのか」
やっと気づいた。
しほが不安になっているのは、彼女だけが抱えている問題というわけじゃない。
不安にさせてしまっている、俺の方にも大きな問題がある。
「不安にさせて、ごめん。嫉妬させちゃうくらい、しほはやっぱり物足りないってことなのに……俺、まだ分かってなかったのか」
要するに、しほは……
「欲求不満だったんだな」
まとめると、そういうことになるのかもしれない。
しほは、深すぎる自分の愛のせいで、欲望が抑えきれなくて……それが『嫉妬』という形で表出しているのだと思った。
「そ、その言い方はちょっと違うと思うわっ。それだと、私がとってもえっちみたいじゃない?」
「じゃあ、欲は満たされてる?」
「……そういうわけでも、ないけれどっ」
ほら、やっぱりそうだ。
しほは、膨れ上がっている自分の愛情のせいで、爆発しそうになっている。
好きすぎるから、不安になる。
好きすぎるから、失うことを恐れる。
好きすぎるから、俺が異常なくらいに魅力的だと思ってしまって、他の女子とイチャイチャできると思っている。
全部、しほの愛が深すぎるが故の弊害だ。
愛が満たされないから、彼女はやきもちを妬いてしまうのだ。
彼女の愛に応えたい。
そのために、俺はちゃんと自分の愛を伝えないといけない。
察してもらうのではダメ。
言葉で伝えても足りない。
だから、行動で彼女に愛を伝えよう。
しほが俺にやってくれていたみたいに、俺もしほにやってあげたい。
そう、強く思った――
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