三百八十五話 メンヘラって言わないで

「えへへっ♪ やっと分かったわ……私って、幸太郎くんのこと大好きだけど、嫌いな部分もあったみたいね」


 ……しほが笑いながら口にした言葉は、しかし俺にとっては結構ショックでもあって。


「しほに嫌いって言われると、ちょっと胸が痛いかも」


 彼女らしくない強い言葉が、胸に刺さる。

 ……いや、その『らしくない』というのも、俺の思い込みでしかないのか。


 だって、しほは結構口が悪い。

 オンライン対戦ゲームをしている時なんて『ラグい』『クソゲー』『二度とやらないっ』などと言っている時もあるのだ。


 それを見ていながら、しほが清純で綺麗な言葉しか使わない――と、俺が思い込むこと自体、そもそもおかしいような気がする。


「ええ、ショックなら反省してちゃんと直してね? ……その代わり、チクチク言葉を使った後は、私があなたを癒してあげるから」


 そう言ってから、今度は俺の手をそっと握ってきた。


「――嫌いっ。でも、言いっぱなしだと気持ち悪いから……言葉じゃなくて態度で、スキンシップで私の愛情を伝えるのはどうかしら?」


 なるほど……だからさっきはキスしてくれたのかな?

 嫌いと言って傷つけたぶん、好きと伝えてくれていたのだ。


「うふふ♪ これはいい作戦だわっ……嫌いって言葉を口実に幸太郎くんに触れるなら、たくさん言っちゃおうかしら?」


「いやいや……そのたびに感情の振れ幅がすごいんだよ」


 落ち込んだ直後に触れられてドキドキするから、情緒がおかしくなりそうである。


「えっと、それで何の話をしていたのかしら……そうそう、わたしがやきもちを妬いて、幸太郎くんが物語がなんとかかんとかって考えていて、メンヘラみたいなことをするからお説教して、でも好きだからチューしたのよね?」


 まとめているのに、まるでまとまっていない。

 こうやって話の流れを繋げたら余計に混乱しそうだ。


 ……って、いやいや。

 一つだけ看過できないワードがあるぞ?


「ごめん、メンヘラではないと思うんだけど」


「自分を責めてばかりで、自傷行為ばかりしているのだから、似たようなものよ?」


「でも、それはやっぱり違うからっ」


 あまりの言葉に、思わず首を横に振った。

 さすがにそこまでの状態じゃないよ……と言ったら、なぜかしほが楽しそうに肩を震わせた。


「……ええ、それでいいわ。イヤなら、ちゃんとイヤって言いなさい? ずっと、私の言葉に肯定ばかりじゃなくていいの。あなたの……幸太郎くんの『意志』も、ちゃんと見せて?」


 俺の意志、か。

 自分ではそれなりに表現していたつもりだけど……まだまだ、しほには届いていなかった。


 そのことを反省して。


「……じゃあ、一つだけ言ってもいい?」


 これだけは、どうしても伝えたいことがあった。


「ええ、もちろん。遠慮せずに言いなさい? あ、でも……え、えっちなのはダメだからねっ。まだ心の準備ができていないわ」


「違う、そうじゃない。そこまで急いでないよっ」


 そのあたりは、俺の方もちょっとまだ考えられていないけれど。

 まぁ、今はまだ付き合ってすらいないんだから、考えるのも早いと思う。


 それよりも、言いたいことがあった。


「俺は、しほのことが一番大好きだ。それだけは分かってほしい……だから、他の女子と話していても、あまり不安にならないでほしい――いや、違うな。俺のことを……この気持ちを、信頼してほしい」


 やきもちを妬いているしほは、かわいいと思う。

 だけど、不安になっている君を見るのは、やっぱり俺も辛い。


「他の女子と話したいってわけじゃない。でも、俺はしほ以外の女子を異性として意識できない部分がある。だから、しほの『やきもち』が理解できないし、共感できない……そのせいで、君が思う以上に、俺は気楽に他の女子と接してしまうことがあると思う」


 これからの人生。どうしても、男性だけと関わって生きていくのは難しい。

 そのあたりは、しほにも慣れてほしいと、そう思ったのだ――

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