三百八十三話 物語と現実の境界線


 やっぱり、俺の人生において竜崎龍馬との出会いは大きな転機だった。

 自己愛。自尊心。自己肯定力。自意識。俺にない全てを竜崎は持っていて、だからこそあいつからは言葉のできないようなオーラを感じていた。


 どんな場においても竜崎は堂々としている。

 どんな時でもあいつは迷わない。

 どんな状況においても竜崎は自分自身を曲げない。


 なぜ、こんなにも自分を信じられるのか。

 自信過剰で、うぬぼれるほどに自己を愛することができる理由。


 それは『主人公だからである』と俺は認識した。

 その時にようやく、中山幸太郎はその真逆にいるから『モブキャラなんだ』と確信したのだ。


 仮説が、竜崎によって確証された。

 そして、主人公が存在するのであれば……ヒロインもいるだろうし、物語だってあるだろう。そう思い込んだ結果、俺は現実と物語を重ねてしまった。


 俺と似たような思考を持つメアリーさんとの出会いも、その思考に拍車をかけたのだろう。

 元々、共感性の薄い人間でもあるから、物事を物語的にとらえることで理解を促した――そういう側面もあった。


 しかしその『歪み』を、しほは感じ取っていたのかもしれない。


「……幸太郎くんがたまにおかしくなる理由って、こういうことだったのね」


 俺の話を聞いて、しほはぽつりと呟いた。


「あなたは『キャラクター』を演じようとしていたのかしら」


 霜月しほが求めているのは『中山幸太郎』である。

 最初から最後まで、その姿勢はブレていない。

 だからこそ、彼女は俺の変化を拒む。

 退化はもちろんのこと、成長さえも……しほは望んでいない。


「たまにだけど、幸太郎くんが『幸太郎くん』じゃないみたいに感じることがあるの……違う誰かになろうとしているように見えて、ずっと不思議だったわ」


 ありのままの中山幸太郎でいること。

 しほが俺に求めているのは、とても簡単なことである。

 だけどそれをできないのは――俺の認識がズレているからだ。





「幸太郎くん? あのね……この世界は、物語じゃないわ」





 しほが、ハッキリとそう告げる。


「少なくとも、私にとっては『現実』よ?」


 たとえば――俺たちを見ている読者がいるとするならば。

 この世界は物語であると、そう認識して当然である。

 でも、それは『読者』にとっての認識であって、キャラクターには関係のない話なのだ。


「全部、私にとっては現実なの。あなたはキャラクターなんかじゃないわ……もちろん『私』も、ね?」


 物語と現実の境界線。

 その線引きが、おかしくなっている。

 この一年で、思考が偏りすぎた弊害か……俺は、他者を理解する努力を放棄していた。


『物語的に考えたら、こうなって当然』


『こういうキャラクターーだから、こういう行動をする』


 そうやって物語のテンプレでばかり物事を考えていた。

 だから俺が……俺自身に、キャラクター付けしようとしてしまっていた。


「……前にも、似たようなことを言った覚えがあるけれど」


 そんな俺に、しほは小さく笑った。

 まるで、小さな子供に悪戯をされた母親みたいに……仕方ないなぁと言わんばかりの、愛情に満ちた笑顔で。


「私が大好きな人を傷つけるのは許さないわ。それが、あなた自身によってだとしても……幸太郎くんを苦しめるのは許さない」


 しほは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 それはまるで、敵対宣言のようでもあった――

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