三百八十一話 ロボットのように


「――物語?」


 俺の話を聞いて、しほはきょとんとした表情を浮かべる。

 とても不思議そうな顔で、俺をジッと見つめていた。


「……冗談で言ってる、というわけではないのよね」


 俺の顔を見て、彼女は小さく首を横に振る。

 やっぱり、メアリーさんには通じた概念だけれど……しほはピンとこないようだった。


「幸太郎くんは、自分の人生を『物語』と思っているのかしら?」


「……ごめん、変な考えで。理解できなくても当たり前だよ。こんなの、普通じゃないしおかしいことで――」


 言い訳めいた言葉を続けようとする。

 無意識にではあるけれど、しほに変と思われたくないから……取り繕うための言葉を探す。


 だけど、そんな俺をしほが制止した。


「おかしくないわ」


 一言。

 彼女はハッキリとそう言って、優しく笑いかけてくれた。


「幸太郎くんは、おかしくない。だって、わたしが好きになった人だもの」


 ――そんなことない。

 反射的に出かけた言葉が『好き』の言葉によって防がれる。

 そう言われてしまったら、卑屈になってなんかいられなかった。


「ごめんなさい。私はあまり頭が良くないから……理解するのに、時間がかかっちゃうの。でも、ちゃんと考えさせて? 幸太郎くんのこと、分かりたいから」


 いや、違うよ。

 成績こそあまりパッとしないけれど、しほは決して頭が悪いわけじゃない。

 確かに彼女は知識を覚えるのに時間がかかるけれど、その時間がかかった分だけ記憶が定着するタイプみたいだ。


 だから、最近の彼女は成績が良化している。

 とはいえ、勉強に大してはあまりやる気がないので、まだまだ改善は必要だ。


 その一方で、しほは俺のことになると人が変わったみたいに熱を入れる。

 今も、ちゃんと理解しようと食らいついていた。


「物語……言われてみると確かに、幸太郎くんってそういうワードをよく使っている気がするわ。出会った頃はよく『モブキャラだから』って言ってたし」


「うん。そうやってメタ的に見るクセがあるんだ」


「本をたくさん読んでいるから?」


「……正確には、読んで『いた』からかもしれない」


 最近、読み始めたからこうなったわけじゃない。

 俺にはもともと、思考の深い部分に『物語』が根付いている。


「子供の頃、母親の言いつけで本をたくさん読んでいたんだ。それが習慣になって、暇なときは……しほと出会う前までは、かなりの量を読んだ」


 とはいっても、別に本が好きだったわけじゃない。

 言われたから、読んでいただけ。それが俺の問題だと思う。


「『ロボットみたい』って、言われるような子供だった」


 中山幸太郎は、生まれつき感受性が薄かった。

 鋭すぎるしほに比べて……感情というものが、分からなかった。


 今だったら、自分がどんな人間だったか説明できる。

 モブキャラだから――と、そう言っていたころは思考を放棄していたけど、よくよく考えてみると……俺は人格の形成が周囲よりも遅かったのだ。


「人の感情が、よく分からなかった。どうして泣くのか、どうして笑うのか、どうして怒るのか……やり方が分からなくて、いつも無表情だった。こういう部分は、母親に似ていると思う」


 人間としての感情が弱い。

 仕事人間で、他者の気持ちを一切考えることができない母の性質を、俺はちゃんと引き継いでいたのだろう。


「だから、本を参考にした。そうすることで感情を理解した……のかな?」


 自分のことだけど、曖昧なのは……やっぱり、俺のことだから、よく分からないのだろう。

 でも、俺のメタ的な性質を現実的に説明すると、やっぱりこうなるのだ。


「そして、何も考えられずに、自分のない中山幸太郎は――『モブキャラである』と定義したんだと思う」


 他人が分からない事と同じように、自分のことだって分からなかった。

 だから俺は、自分を定義づけて……強引に『人格』を形成したのである――

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