三百七十九話 取り上げられたメインヒロインの権能


『どこに本当のあなたがいるのか、聞き分けられなくなってきているの。だから、私は――分からないわ』


 その言葉を耳にして、ふとメアリーさんのことを思い出した。


(メアリーさんの『全能』という権能がなくなったように……しほも、もしかして『聴覚』の権能がなくなっている?)


 権能――と呼ぶのは、誇張が過ぎるかもしれないけれど。

 しかし、しほの聴覚はあまりにも鋭すぎるというか……ハッキリ言うと、現実的ではない。だって、他者の感情さえも『聞き分ける』なんて、そんなの理屈をどうこねても完璧な筋道を立てることができない。


 だから、しほの聴覚はもう彼女の『能力』のように捉えていた。

 俺の思考や感情は筒抜けで、彼女には全てお見通しだと……そういう思考を前提に、今まで彼女と接してたのである。


 でも、今はもう……しほの聴覚も、絶対的ではなくなっているのだろうか?


(やっぱり、物語が明らかに方向性を変えている……)


 キャラクターに付属されていた力が急激に衰えている。

 メアリーさんを皮切りに……いや、違うな。目に見えて権能めいた力が弱り始めたのは、もっと前だ。


(竜崎が、主人公じゃなくなってから――だ)


 あいつの主人公性が消失して以降、今まで違和感を覚えていたことが全てまともになりつつあった。


 無意味にモテまくる、という竜崎の権能に始まり。

 妹キャラだった梓、ギャルキャラだったキラリ、全肯定キャラだったら結月……彼女たちも、記号化されたキャラクターがなくなって、まるで中学生の時のように戻っている。


 それから、色々なキャラで飽和していたメアリーさんが全てを失い……そして、今度はしほの絶対的だった『聴覚』が機能を弱くしている。


 とはいえ、別にしほの聴覚が衰えているというわけじゃない。

 彼女が『なんとなく』で把握していた音が、分からなくなっているだけなのだろう。


 体調的な問題はないように見える。

 だとしたら、俺の予想通り……しほからも、権能が失われつつあるのかもしれない。


「幸太郎くん……?」


 急に俺が黙り込んだからか、しほは不安そうな顔で俺を見つめていた。


「もしかして、怒ってる?」


 ……俺が怒っているのかどうかも、今のしほには分からないようだ。

 そのせいで、不要な心配を抱かせてしまっている。

 それは良くないと、慌てて首を横に振った。


「ううん、怒ってないよ。えっと……どう言ったらいいんだろう?」


 今まで、しほの能力に甘えてきた。

 言葉にしなくても彼女なら分かってくれる――そう思い込んでいたのは、良くなかったかもしれない。


(もしかして、俺の口数が少ないから……しほは変な心配をしちゃうのか?)


 浮気とか、女遊びとか、俺がやるわけがない。

 そう俺は思っている。俺でさえそれくらい分かるのだから、俺以上に俺のことを分かってくれるしほなら、ちゃんと分かってくれている。


 そう考えていたことが、間違いだったのだ。


(ちゃんと言葉にしないといけない)


 思いを、伝えること。

 考えを、口に出すこと。

 当たり前のことを、当たり前にできないままでいいわけがない。


(竜崎が主人公じゃなくなったように……俺だって、モブキャラのままでいるわけにはいかないんだ)


 メアリーさんに言われた『コウタロウはモブキャラでいることに心地良さを覚えている』という言葉を、思い出す。

 無意識にだろうけど、やっぱり俺は……自分はモブキャラだったから、口数が少なくてもいいと、努力を放棄していたのかもしれない。


 そんな自分を、恥じた。


(キャラクターとして、じゃない……人として、それはおかしいだろっ)


 俺もしかしたら、物語に目を向けてばかりで、現実を忘れていたのかもしれない――

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