三百七十八話 『中山幸太郎』の音
そういえば、昔は自分が何を好きなのかもよく分かっていなかった。
――胸は小さい方が好きないんだろうなぁ。
そう考え始めたのは、いつ頃だったんだろう?
女性に対して、女性的な魅力を感じるようになったのは……いや、感じられるようになったのは、やっぱりしほと出会ってからだ。
「あ、でも……もしかして、幸太郎くんって気を遣ってくれてるのかしら? ほら、本心では大きな胸が好きなのに、私にはウソをついている可能性もあるわっ」
しかし、その本人が俺を疑っている。
その言葉に思わず笑ってしまった。
「違うよ。しほにウソなんてつかない……しほだって、俺がウソをついていないのは分かるんじゃないかな?」
彼女は特別に耳がいい。その鋭い聴覚は、最早第六感と言って差し支えない程である。
ウソをついたら、こちらの違和感を『聞き分ける』ことができるのだ。
「……確かにウソの音は聞こえないわ」
しほも俺の様子はなんとなく分かっていると思う。
なのに、唇を尖らせてまだ不満そうにしているのは、どうしてだろう?
「でも、やっぱり……メアリーさんの方がいいでしょう? だって彼女、アニメだったら薄い本にされちゃうタイプのキャラクターだもの」
「うすいほん?」
ごめん、ちょっと分かんない。
どういう意味合いなのかいまいち理解はできないけれど、とりあえず……やきもちの状態が継続しているのは、把握した。
「あ、そういえば胡桃沢さんって私と同じくらいの大きさだっけ? なるほど、つまり幸太郎くんの本命はメアリーさんで、胡桃沢さんはたまたま利用しただけ……たまには胸の大きな女性と遊びたくなったから、私に隠れて会いに行った――そういうことになるのかしら?」
そういうことにはならないと思う。
ものすごく隙の多いガバガバ推理だけど、しほは自分の見解を疑っていなかった。
「幸太郎くんったら、そんなにクズな男の子に育てた覚えはないわっ」
「育った覚えもないよ」
まぁ、育ててくれた覚えはあるけれど。
しほがいてくれたから、俺はこうして『自分』をハッキリと分かるようになってきたのだ。
その意味合いでは、中山幸太郎は霜月しほが育ててくれた――ということになるだろう。
「……そんなに俺って、信用ないかな」
正直なところ、ここまで不安な気持ちを抱かせていることが少し悲しかった。
しほの目には、俺が女遊びをするような人間に見えているのだろうか。
「あ、違っ! あの、幸太郎くんを責めてるわけじゃないというか、信じていないわけじゃないというか……ちょ、ちょっと待って! 本気で悲しまないでっ」
俺の気持ちを察したのか、今度はしほが焦り出す。
「ほら、幸太郎くんって私に気を遣いすぎるでしょう? だから『しほが好きな幸太郎』を演じているのかもしれない――って、思っちゃうの。本当の幸太郎くんは違うのに、私に合わせてくれている……そう不安になっちゃっているだけで、別に信用してないわけじゃなくてっ」
……なるほど。
しほが過剰に心配していたのは、浮気していることじゃない。
中山幸太郎が、中山幸太郎を演じていること。
それを彼女は疑っている。
「幸太郎くんの音が、最近変わっているの……どこに本当のあなたがいるのか、聞き分けられなくなってきているの。だから、私は――分からないわ」
しほのおかげで形成された、中山幸太郎の音。
それが偽物なのか、本物なのか……しほには判断がつかなくて、困惑しているみたいだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます