三百七十七話 特別というフィルターをなくしても特別に可愛い女の子


「おにーちゃんおかえりー」


 リビングに行くと、ジュースを片手に部屋に戻ろうとしていた梓とすれ違った。


「霜月さん、さっきからすごく不機嫌だからめんどくさいよ」


「めんどくさくないもんっ」


「おにーちゃんが他の女子とオシャベリしてたらムズムズするんだって。心が狭いから」


「狭くないもんっ」


「夫婦喧嘩は犬も食べないみたいだし、おやつでもあげて機嫌直しておいてね?」


「ワンちゃん扱いしないでっ」


 二年生に進級してから、同じクラスになったこともあって二人はすごく遠慮のない間柄になっていた。

 俺とはまた違ったやり取りをかわす梓としほを見ていると、なんだか新鮮である。


「じゃあ、そういうことだから。梓は部屋でゆっくりしてるね~」


 しほがごきげん斜めでも梓はまったく動じていない。

 付き合いも短くないので、慣れているのだろう。やけにサッパリした対応をしていた。


「あずにゃんったら、おねーちゃんが優しいからって失礼じゃないかしら? ぷんぷんっ」


 分かりやすく怒ったように頬を膨らませるしほ。


 そんな彼女を見て思わず笑ったら、今度は怒りの矛先がこっちに向いた。


「こらっ。だいたい、幸太郎くんのせいで私はとても不機嫌になっているのよ? それなのに他人事みたいな顔をしないでくれるかしら」


「『他人事』って難しい言葉、よく分かったね」


「……ま、まぁね? この前国語の授業で習ったから――って、また私を喜ばせて話をずらそうとしてるわ! その手には乗らないんだからねっ」


 軽く褒めただけなのにすごく嬉しそうにするので、むしろ怒りを維持するのがたいへんそうだった。

 こういうところばかり見ているから、しほはとても純粋で……特別な少女だと認識していたのだけれど。


 俺の目には、もしかしたら『フィルター』のようなものがかかっていて……しほのことを誤認しているのではないか?という疑いがある。

 だから、そうやって決めつけないで、改めてしほのことを知ろうと思っていた。


「じゃあ、座って? じじょうちょうすう……じぞうそうすう?をするわ」


 事情聴取、のことかな?

 相変わらず舌ったらずだけど、意味は伝わったので大人しく言うことを聞いた。

 ソファに座って、しほを見上げる。彼女はまたしても腕を組んで「怒ってるんだからねっ」アピールをしながら、詰問するようにこんなことを聞いてきた。


「中山幸太郎くん。あなたは私じゃない女の子と一緒にいた。これに間違いはないかしら?」


「うん。ちなみに、しほはいつ俺を見かけたの?」


「あずにゃんと一緒に歩いている時よ? たまたま車が通って、不意に気配を感じてそっちを見たら……胡桃沢さんの隣に幸太郎くんを見つけたのっ」


 どうやら道端ですれ違っていたらしい。

 俺は気付かなかったけど、しほはちゃんとこちらを見ていたようだ。


「何をしていたか教えてくれる? ま、まさか、私に隠れてデートとかしてたのかしら……?」


「いやいやいや」


 苦笑しながら首を横に振った。

 俺がしほが以外の女性とデート?

 そんな発想自体、浮かぶことすらなかったのに。


「ちょっと用事というか……なんて言ったらいいんだろう? ほら、メアリーさんって覚えてる? 去年クラスメイトだった、転校生の女の子」


「ええ、もちろん。胸が大きかったからよく覚えているわ」


 そう言って、何を思ったのかしほは自分の胸元に手を当てる。

 それから俺を不安そうな顔で見た。


「……幸太郎くんって、大きい方が好き?」


 ちょっと話の方向性がズレているような気がする。

 うーん……まぁ、別に答えにくいわけではないので、素直に言おう。


「小さい方が好きだよ」


 そう伝えたら、たちまちにしほはほっぺたを緩めてへにゃへにゃになった。


「――私も好きっ」


 照れて頬を赤くしながらも、嬉しそうに体を揺らす彼女を見ていると……やっぱり、かわいいとしか思えない。


 フィルターをなくすように意識しても、しほは特別にしか見えなかった――

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