三百七十五話 嫉妬


 メアリーさんの話が終わると、車はちょうど家の近くに来ていた。

 胡桃沢さんはこのまま家の前まで送ってくれそうだったけど、そうすると彼女に見つかってしまう可能性があるわけで。


「送ってくれてありがとう。このあたりでいいよ」


「止まって……えっと、中山の家ってもう少し距離があるけど、いいの?」


 慌てて声をかけると、運転手の使用人さんに車を止めるよう指示を出してくれた。

 しかし、胡桃沢さんが不思議そうに首を傾げている。


「うん。俺が他の女子と一緒にいたら、しほが拗ねちゃうから」


 理由を正直に伝えたら、胡桃沢さんが「意外だ」と言わんばかりに目を大きくした。


「……あんなに綺麗な子が?」


 彼女の視点だと、しほはが嫉妬をするタイプには見えなかったらしい。


「そういう感情って『自分に対する自信がない』ことが起因して発生するものでしょう? あんなに綺麗なのに、自分に自信がない――って、なんだかおかしな話ね」


 ……言われてみたら、不思議な話に感じてきた。

 今まで、そういうものだと受け入れていたけれど、しほが俺に嫉妬する理由が分からない。


「まさか、中山が浮気するかもしれないって疑っている? ……いや、それだけは絶対にありえないかしら。中山が浮気するような人間であれば、たぶん霜月みたいな異常な子はあんたを好きにならない」


 目を細めて、何かを見定めるように彼女は俺を凝視する。

 メアリーさんのようにメタ的ではないけれど……彼女の分析は現実的で、メアリーさんとは違う意味で興味深かった。


「中山の魅力に誰よりも早く気付けた霜月なら、中山の一途さに気付けないわけがない。だとしたら、どうして嫉妬なんてするのか……」


 たぶん、その言葉は俺に話しかけているわけではないのだろう。

 ぶつぶつと、小さな声を早口に呟いているその様子は、自らに語りかけているように見えた。


 ただし、それはほんの一瞬の出来事。


「――あ、ごめんなさい。ちょっと考え込んでしまったみたいね」


 すぐに我を取り戻した胡桃沢さんは、小さく笑って肩をすくめた。


「霜月のこと、あまりよく知らないから答えは出てきそうにないけれど……中山も考えてみたら? 彼女は結構、単純ではないように思えるから」


「しほが嫉妬する理由か……うーん、難しいなぁ」


 そう言われても、やっぱりすぐに答えは出てこない。

 もう出会ってから一年以上が経過している。彼女のことはよく知っていたつもりだったけれど……意外と、知らない一面があることに気付いた。


「しほは根拠がないのに自信家だし、自分がかわいいことも理解しているし、俺のことも信じている……ように見える」


「だとしたら、普通は『嫉妬』なんてしない。それなのに、やきもちを妬くのは……中山には見えていない『霜月しほ』がいるってことかもね」


 そう言われて、ハッとした。

 確かに俺はしほのことをよく知っているつもりでいたけれど。

 俺の知らないしほは、まだ存在する。


 それを知らないからこそ……まだ、俺たちの関係は進展できていないのだ。


「長話に付き合わせてごめんね。そろそろ帰った方がいいわ……霜月が不機嫌にならない内に、ね?」


「……いや、こちらこそ色々とありがとう。なんか、色々と気付けたよ」


 お礼を伝えると、胡桃沢さんは気にしないでと言わんばかりに手を振った。


「それじゃあ、さようなら」


 車から降りても、しばらく彼女は俺に手を振り続けていて……こちらも軽く手を振ったら、微笑んでくれた。


 メアリーさんには厳しいけれど、相変わらず俺には優しかった。


「俺の知らないしほ、か……」


 胡桃沢さんに言われた言葉が、頭の中でグルグルと回っている。

 絶対的なメインヒロインの女の子――それが、俺にとっての霜月しほである。


 だけど、もしかしたら……そうやって見ていたからこそ、見えていなかった部分もあるのかもしれない――

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