三百七十四話 同情なんて不要だよ? ワタシはしたたかだからね

 胡桃沢さんとメアリーさん。

 今まであまり接点のなかったはずの二人は、どういう経緯で今の主従関係を形成したのか。


 その過程を、彼女は教えてくれるようだ。


「……送っていくわ。乗って」


 メアリーさんに関する話も、車内でしてくれるのだろう。

 色々とお世話になるのは申し訳ない気持ちもあったけれど、素直に甘えることにした。


「ありがとう」


「いえ、大したことじゃないから……それで、メアリーとの出会いだっけ?」


 車に乗って、彼女は俺から少し離れた位置に座る。

 俺に気を遣っていつもより距離もあけてくれていた。そういった心遣いに感謝しつつ、やっぱりメアリーさんのことはすごく気になるので、話を促した。


「うん。アメリカで出会ったみたいだけど、道端で見つけたって……たまたま散歩中に遭遇したとか、そういうこと?」


「散歩……あれが散歩? 雨が降る中、傘もささずによろよろと道路の隅を歩いていたから、たぶん違うんじゃない?」


 あの時の出来事を思い出そうとしているのか、メアリーさんは顎に手を当ててゆっくりと語り出した。


「恰好もやけにボロボロで、目も虚ろで、今にも車道に飛び出しそうで……しかも街中じゃなくて、郊外だったのよ? 自然が多くて、人口もそこまで多くない穏やかな場所なの。そこにあるあたしの別荘の近くに、たまたまいたからびっくりしたわ」


 ……たまたま?

 そんな偶然に偶然を重ねたような状況を『たまたま』という言葉で処理するのは、少し難しい気がした。


「メアリーさんが胡桃沢さんに会いに来た――とか、そういうことじゃなくて?」


「……あの子との関わりなんて本当に僅かしかないのに? 確かに親が資産家で、無駄にお嬢様なところは共通しているけれど、それだけよ。少なくとも家を訪ねるような関係性はなかった」


 胡桃沢さんの視点では、本当に偶然の出来事としてとらえているようだ。

 でも、メアリーさんの視点では、果たして本当にそうなのだろうか?

 彼女の情報網はすごい。自分と関わった人間の細部まで知っている……だから、胡桃沢さんの別荘がその場所にあることは、恐らく把握していたと思う。


「それで、あまりにも悲惨な状態で……別荘に連れて行って事情を聞いたら、もうお嬢様じゃなくてただの浮浪者だっていうものだから、仕方なく雇ってあげたのよ。まるで捨てられた子犬を抱き上げちゃった気分だったわ」


 その情報は以前に聞いていた。

 彼女の父親が騙されて、暴かれて、報いを受けて、地位・権力・財産を失ったことは聞いている。

 そして、いきなりすべてを失ったメアリーさんは……たぶん、見放されたのだ。


(なるほど……細い糸を辿ったのかな?)


 頼れる人間はいない。全能という力も取り上げられて、ただの一般人に成り下がったメアリーさんは、薄いつながりの胡桃沢さんにすべてを託したのだ。


 そして、彼女の思惑通り胡桃沢さんと出会ったわけである。しかも胡桃沢さんの善意に甘えて生き抜いた。同情を誘うようなシーンを演出して、胡桃沢さんの良心をくすぐったのである……そういう流れが見えた。


(相変わらず、したたかで……強い人だ)


 正直なところ、彼女には少し同情していた。

 不幸な目にあって、苦しんでいるのかな?と内心ではちょっと可哀想だと思っていた。


 しかし、そう思うこと自体が失礼だったかもしれない。

 メアリーさんはきっと、どんな状況でも自分で幸せを掴み取れる逞しい人なのだから――

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