三百七十二話 ポンコツドジ無能メイドのメアリーさん
椅子の足が折れた音は、そこまで小さくなかったようで。
「ちょっと! 変な音がしたんだけど大丈夫――って、またなの?」
音を聞きつけたのか、慌てた様子で胡桃沢さんが駆けつけてきたけれど……足の折れた椅子と、倒れ込んだメアリーさんを見て、状況を察したようだ。
「昨日は壺。おとといは食器。その前はシャンデリア……我が家の備品を幾つ壊したら気がすむの?」
「わざとじゃないけれどね? ワタシのせいにしないでくれるかな? クルリの体重が重いから椅子が壊れかけていただけだろう?」
「あたし、『ごめんなさい』と『ありがとう』が言えない人間は見下すって決めてるのよ。だからあんたの人間性は下の下……最下層の虫よ」
「ふっ。そんなのありえない……ワタシは上の上だよ!」
「じゃあ、ごめんなさいって言えるでしょう? 上の人間は悪いことをしたら素直に謝れるのよ?」
「ああ、その通りだ。ごめんね、クルリ!」
「……素直なのはいいことね。あたし、あんたの中身は嫌いだけど、顔とちょっと可愛い一面があるところは結構好きよ」
……さっきまで、あんなに凛としていたのに。
今のメアリーさんは、彼女が先程発言していた通りの『ポンコツメイドキャラ』になっていた。胡桃沢さんとのやり取りもコミカルである。
「ふっ。謝ったら許してくれるとか、チョロいものだよ」
「許す? あたしがいつ許したの? ちゃんと壊した椅子の代金は給料から天引きするし、別に許さないわ」
「ちょっ――!? これの値段が分かって言ってるのかい? ワタシの給料がなくなっちゃうだろう!!」
「そうね。しばらくただ働きしなさい」
「お……鬼! 悪魔! 畜生! 時代遅れのツンデレ! コウタロウに振られた負けヒロイン!」
「…………最後の一言はやめて。ちょっと思い出して心が痛いから」
胡桃沢さんが呆れた様子でため息をつく。
それから、倒れたメアリーさんに歩み寄って、先程からめくれあがっているスカートの丈をそっと戻してあげていた。
「ほら、いつまでも可愛い下着を見せ付けてないで、立ち上がりなさい? 中山の目に毒だから」
「……見せてたんだよっ。コウタロウがワタシに欲情してそのままお持ち帰りしてくれないかなって、期待してたから」
「バカじゃないの? 中山があんた程度の虫みたいな人間に魅力を感じるわけないじゃない。寝言は寝て言ったら?」
「虫!?!?!?!?!?」
……もうすっかり、シーンはコメディである。
さっきまであんなに適格なことを発言していたメアリーさんが、もう面白いことやリアクションしかできなくなっていたから、ちょっと可哀想だった。
まぁ、面白いのであまり同情はしていないのだけれど。
「くそっ。コウタロウ、これで分かっただろう? ワタシはもう終わった。こうやって負けピンクに屈服させられてしまっている以上、好きに動くことはできない。だから、ワタシのチートはもう使えないと思っていてくれっ」
メアリーさんの言葉に、小さく頷いた。
そうだね。君はもう、俺の敵でも味方でもないのだろう。
場を賑やかにする、みんなから愛されるようなコメディキャラになっている以上、以前のような全能感を頼ることはできない。
それを、改めて理解した。
今のメアリーさんはパーフェクトヒロインのチートキャラではない。
ただの『ポンコツドジ無能メイドのメアリーさん』なのだから――
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