三百七十一話 元クリエイター(自称)の考察 その3
メイド服を着た美女が、目を閉じて深く思案している。
短い丈のスカートや、大胆に見える胸元の谷間を隠すことなく露出していて、普通の男性であれば無意識に鼻の下を伸ばしてもおかしくないような色気が醸し出されていた。
でも、俺は別にメアリーさんに対してそういった魅力を感じない。
不思議と好みのタイプとは真逆なので、どちらかといえばメアリーさんの容姿や肉体に対しては無関心である。
しかし、俺は今のメアリーさんに目を奪われていた。
ふざけた様子もなく、真剣に考察しているその姿がすごくかっこよかったのである。
「……ん? そんなに熱っぽく見つめて、どうしたんだい? 惚れたのなら素直にシホから鞍替えしてもいいけどね。ワタシは結構、コウタロウのことを気に入っているから」
「いやいや、それは流石に荷が重いよ」
「そうかい? にひひっ。振られちゃったねぇ……まぁ、キミがこの程度の誘惑になびくような薄くて軽い人間であるなら、そもそも気に入ることすらなかったけれど」
うん。だからメアリーさんとは近しい関係になりたくない。
人間性が理解できないから、今くらいに遠い距離感の方が、一番仲良くできている気がした。
「ふぅ……今はどうやら、昔の『メアリー』でいられることが許されているらしい」
ため息をついて、メアリーさんが小さく呟く。
「また少し時間が経てば、ギャグコメディの『ポンコツドジ無能メイドのメアリーさん』に戻るだろうから、今のうちにワタシの考察を言っておこうかな」
メアリーさんの考察を。
俺の物語に対する感想と意見に、俺は耳を傾けた。
「まず、キミの現状なのだけれど……友人ができて、かつていがみあっていた相手との関係も緩和しているわけで、周囲とのに人間関係に不和はない。強いて言うなら、シホと少しすれ違いはあるだろうけど、かといって喧嘩はしてないのだろう? 告白だってしたのであれば、むしろ関係は良好と言っても過言ではないだろう」
「うん。だから……」
「だからこそ、怖い。次に何か大きなイベントが起こるかもしれないから、この平穏が不気味すぎる……そう言いたい気持ちはわかるよ」
俺の言葉を先回りするメアリーさん。
こちらに喋らせることすらもどかしいと言わんばかりに、彼女は早口に語り続ける。
「しかし、客観的に見てみると……今、キミは望んでいる日常を手に入れた――そう評することもができるわけだ」
「っ……」
俺が望んでいる日常。そう言われて、ハッとした。
言われてみると、確かに……こういう、穏やかな毎日を理想としていた。
「何もなければ、何もしなくていい。ただ、シホとの甘い毎日を楽しみたい――コウタロウの願いが今、実現している。そういう風にワタシには見えるね」
「そう、なのか……?」
「ああ、そうなんじゃないかな? むしろ、必要以上に警戒して、怖がって、臆病になって、違う自分になろうとしているコウタロウの方が間違っているように見える」
だから……しほは、たまに俺が変になっている時、とても嫌がっていたのか。
楽しい毎日を過ごしているはずなのに、いきなり暗い顔をする俺に対して、不満を抱いていたのかもしれない。
「ワタシから言えることは――抗わなくていい、ということかな」
このまま日常を受け入れる。
抗わずに、何も恐れることなく、この毎日を楽しめばいい。
メアリーさんはそう言いたいようだ。
「だって、コウタロウの物語はもう――」
そして、核心に迫る言葉が繰り出されようとする。
その瞬間だった。
『バキッ!!』
いきなりのことである。
まるで、神がそれ以上の言葉を口にするな、と……そう言わんばかりに、急なアクシデントが生じた。
「ふぎゃっ」
コミカルめいたメアリーさんの声と同時に、彼女が座っていた椅子の足が折れたのである。
そのせいでメアリーさんは盛大に尻もちをつく。その反動でスカートがめくれあがって、つい見えてしまった。
意外なことに、彼女が着用していた下着は……小さい女の子がはくような、女児向けアニメのイラストがプリントされた可愛らしいものだった。
「……あーあ。これでまた、ギャグコメディに強制連行だ」
メアリーさんが諦めたように笑う。
「ほら……悪役はもういないよ。キミの物語にちょっかいをかけるような言葉は、発言を許されていない。今、コウタロウの前にいるのは、厄介な悪役なんかじゃなくなったみたいだ……もう、メアリーはただのドジポンコツメイドにしかなれないからね」
ゆっくりと体を起こして、俺を見つめた彼女は……寂しそうにそんなことを言うのだった――
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