三百六十九話 元クリエイター(自称)の考察 その1


 閑話休題。

 コミカルなシーンも落ち着いて、メアリーさんも少し冷静になっていた。


「……最近、油断するとすぐにギャグコメディを始めちゃうんだよね。やれやれ、ラブコメの神様は何がしたいんだか」


 胡桃沢さんの普段愛用しているであろう、座り心地の良さそうな椅子に腰を掛けているメアリーさんは、偉そうに足と腕を組んで俺を眺めていた。


 碧色の瞳の奥には、微かな光が宿っている。


「どうやらコウタロウも、ワタシと似たような疑問を抱いているようだね」


 なんだか久しぶりに、彼女の知性がにじむ声を聞いた気がした。

 出会ったころは終始こんな感じで、俺を見透かしたようなことばかり言っていて……それがとても不気味だったことを、改めて思い出した。


 あの時は、そんなメアリーさんが怖くもあったけれど。

 今となっては、少し心強くもあった。


「……最近、ちょっと分からないんだよ」


「――物語が、分からないんだね」


 主語がなくても、意味は伝わっている。


「ふむ、やっと頭が回ってきたよ。コウタロウはワタシに用事があるんだろう? だから、気まずい関係のクルリにお願いしてここにいるわけだ。ただ、ワタシを苦手としているコウタロウが、わざわざ来るなんておかしな話だ……思い当たる理由は、コウタロウとワタシに共通している『物語的な思考』について、くらいかな」


 まさしくその通りだった。

 一を聞いて十を知る……いや、その更に先まで見通す頭の回転の速度は、相変わらず恐ろしい。


 メアリーさんもようやくスイッチが入ったのか……先程とは違って、聡明なモードになっている。


「それで、何が起きているのか話してくれ。ワタシは最近、コウタロウたちの物語を把握できていない。キミたちの個人情報を探らせていた探偵を雇うお金もなくなったからね……もう、全能のメアリーさんではないんだ」


「……実は――」


 それから、二年生に進級してからの出来事をメアリーさんに話した。


 しほと違うクラスになったこと。彼女と微妙にすれ違っていること。たまに、俺じゃない思考が溢れること。クラスで友人ができたこと。新ヒロインが登場しないこと。竜崎や他の女の子と何も起きていないこと。胡桃沢さんがやけに親しげなこと……全てを話し終えると、メアリーさんは難しそうな表情を浮かべた。


「それはまた……なるほどねぇ。コウタロウが悩むわけだ。何が起きているのか、まったく分からない」


 あのメアリーさんでも、すぐに答えを導くには状況が複雑すぎるようだ。


「新しい物語の導線が見えないね。リョウマが主人公としての資格をなくしている以上、次はコウタロウの物語が始まってもおかしくないのに」


 俺と同じ疑問を、メアリーさんも抱いている。それがなんだか、嬉しかった。

 この世界を物語的に見ている俺と彼女だからこそ、意味が通じるような内容である。


「正直なところ、お手上げというか……俺は何をするべきなのか、よく分かってないんだ」


「何もしない主人公、というのは物語的にはあれだね……駄作と評されても仕方ない」


 振り返ってみると、今までこんな状態はなかった。

 いつも何かしらに巻き込まれていて、その問題を解決するために動いていたので……いざ、何もない状況になると、それはそれで混乱しているのかもしれない。


「……普通、そんな状態の物語は続かないのに、どうしてコウタロウの物語は終わらないんだろうね」


 ただ、混乱しているだけの俺とは違って、メアリーさんはその一歩先に足を踏み入れていた。


「ワタシが一番不思議なのは、コウタロウのラブコメが『打ち切り』になっていないことだよ」


 ――何もない物語は、終わって当然なのに。

 それではなぜ、打ち切りにならないのか。


 そのことが、メアリーさんは気になっているようだった――

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