第三百六十一話 ありふれた日常ラブコメのような その6
【霜月しほ視点】
『もし、しほが良ければだけど……付き合ってくれたら、嬉しいよ』
『しほのこと、大好きだから』
告白された。
そういえば、こうやってハッキリと『付き合ってほしい』と言われるのは初めてだった。
(――好き!)
息継ぎする間すら開けずに、反射的にそう言い返そうとした。
最早条件反射に近い反応である。
「……んんっ!」
しかし、その寸前で息がつまったおかげで、なんとか言葉を防ぐことができた。
(ちょ、ちょっと待ちなさい! しほちゃん、落ち着くのよ……ええ、分かるわ。本当はすぐに飛びついて『大好き』って言いたい気持ちは分かるの。でも、たぶん今のままだと……我慢できなくて何をするか分かんないから、落ち着いてっ)
自分を制御するために、心の中でそう言い聞かせる。
理性で押しとどめているものの、感情が爆発していた。今にも幸太郎に触れたくてウズウズしているから、厄介なものである。
このままだと、しほは自分でも何をするか分からなかった。
(幸太郎くんに迷惑をかけるような愛し方は、したくないわ)
たとえば、愛が重すぎて束縛してしまうかもしれない。
あるいは、幸太郎に多くを求め過ぎてしまうかもしれない。
もしくは、彼が引くほどの愛情表現をしてしまうかもしれない。
そういう、心の奥底にいる『ヤンデレ』な霜月しほを、彼女は警戒していた。
梓に『へたれ』と表現されたのも、間違ってはいない。
しほは、この愛の先に生まれる自分自身を怖がっている。そのせいでなかなか関係を進展させられずに、結局はダラダラと生温くて心地良い今の関係性を維持しているのだから。
「…………ふー」
息をついて、それからゆっくりと吸い込む。
深呼吸してみると、先程よりも冷静になってきた。
「いきなりでごめん。びっくりした?」
幸太郎も、しほが動揺しているのは分かっているようだ。
急かすようなことはせずに待ってくれている。むしろ気を遣ってくれているのも感じ取って、しほの中の『大好きメーター』が更に上昇した。
(そういうところも好きっ)
本当に素敵な人間性が、しほの心をいっぱいにする。
彼女にとって、彼は理想の更に上をいく異性だった。
だからこそ、失敗したくないと臆病になっているわけで。
「ちょ、ちょっと早いわ……いきなりすぎて心臓が飛び出そうになったもの。思わず、幸太郎くんを首輪で繋いで家に持って帰りそうだったわ」
「急にキョロキョロして、変だなぁって思ってんだけど……首輪を探していたのか」
無意識の行動だった。
愛が溢れるあまり、つい持ち帰りたくなってしまったが、しほはそれをグッとこらえる。
「まず、私も大好き……いえ、大が一億兆個あっても足りないほど愛していることは、伝えておくわ」
「一億兆という単位が正解かどうかはさておき、気持ちは分かってるよ」
ちゃんと、しほの愛情は伝わっている。
彼もそこは疑っていないので、しほは安心して話を続けることができた。
「だから、決して喜んでいないわけじゃないわ。衝動に身を任せたら、幸太郎くんをめちゃくちゃにしてやりたいくらいに、嬉しいもの」
「めちゃくちゃって、どういう感じ?」
「それが分からないから、怖いの」
熱っぽくなっている顔を押さえながら、しほはもにょもにょと呟く。
「私、幸太郎くんのことが大好きすぎるから……付き合ったりしたら、自分が爆発しないか不安なの」
関係が進展しないのは、幸太郎だけに問題があるわけじゃない。
しほだって、色々と抱えているものがあるからだった――
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