第三百六十話 ありふれた日常ラブコメのような その5

『ミラーリング』


 調べてみると、いわゆる『同調効果』と呼ばれる心理学の用語らしい。親しくて好意を抱いている相手と同じ動作をしてしまうことである。このミラー効果を利用して、仲良くなりたい相手と同じ仕草をする――というテクニックもあるのだとか。


 まぁ、もちろん彼女の場合は、そこまで器用ではないので……テクニックなどではなく、無意識に俺と似たような仕草を行っている、ということになるのだろう。


「パパとママにも『話し方が柔らかくなったね』って喜ばれたわ」


「……でも、しほは前からこんな感じじゃなかったっけ?」


「いいえ。幸太郎くんが思っているよりも、もっと冷たいというか……元気はなかったと思うわ」


 過去を懐かしむように、しほが目を細めている。

 俺も一年前の記憶を探ってみると、確かにしほはもっと冷たかった。


 あの時は……いわゆる『霜月さん』と呼んでいた時は、もっと氷みたいに冷淡で、無感動で、無表情な少女と思っていたけれど。


 今は『しほ』として、無邪気で情熱的な少女になっていた。


「それくらい、幸太郎くんの影響力は私にとって大きいのよ?」


 そう言って、彼女ははにかむように笑った。


「えへへっ……だから、これ以上の関係になることが、ちょっと怖くもあるわ。もし恋人になんてなっちゃったら、私がどうなるか分からないもの」


「しほは、なんだかんだいつも通りだと思うけどなぁ」


「そんなこと絶対にありえないわ。良い方向に変化すればいいのだけれどね? たとえば、ほら……ヤンデレの方に傾いたら、幸太郎くんのことを傷つけちゃいそうで、それが心配なの」


 そういえば、しほの愛は結構な重さがあった。

 もうすっかり慣れて、最近ではそのことを意識することさえほとんどなくなっているけれど、彼女はまだ懸念しているらしい。


 ただ、これに関しては断言できることがある。


「しほは優しいから、大丈夫だよ」


 彼女が俺を傷つけるわけがない――という自信だけはちゃんとあった。

 今まで、しほと接してきたからこそ、分かる。

 彼女は他人を傷つけられるような人間じゃないのだから。


「くっ……ま、また『好きメーター』が上がったわ。そんな素敵なことを言うなんて、卑怯よ? 幸太郎くんは、いったいどれだけ私の好き度を上げる気かしら?」


 いやいや。

 俺の言葉一つでここまで喜んでくれるなんて、そっちこそ本当に卑怯だと思う。

 そうやって可愛いところばかり見せてくるから、こっちだってついつい恥ずかしいことを言ってしまうのだ。


「そういえば、ハッキリとした俺の意思を伝えていなかったから……ちゃんと言っておこうかな」


 せっかく、梓が用意してくれた場である。

 この際だから、しっかりと伝えておこう。


 俺が抱いていた気持ちを。

 俺の願いを、しほにちゃんと届けた。






「――俺は、しほと恋人になりたい」






 いつでも、準備はできている。

 しほが望んでくれたなら、関係を進めたい。


 ちょっと前までの俺は、彼女を待たせてばかりいた。

 だけど、そろそろ……卑屈でも、モブキャラでも亡くなった俺なら、ちゃんとしほのことを愛せるはずだから。


「もし、しほが良ければだけど……付き合ってくれたら、嬉しいよ」


 明確な言葉で、自分の思いを形にしておいた。


「しほのこと、大好きだから」


 ……さて、しほはどんな答えを返してくれるのだろう?


「え? え……えー!?」


 注意深く、彼女を見守っていたら……しほは、火山が噴火するみたいに真っ赤になって、目をグルグルとさせながら、急におろおろとして挙動不審になった。


 肝心な場面とは分かっているのだけど……その動きが面白くて、俺はついつい笑ってしまった――

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