第三百五十九話 ありふれた日常ラブコメのような その4


 梓がジトっとした目で俺を見ていた。


「おにーちゃん、こーゆーのはちゃんと話し合った方がいいと思う。そうじゃないと、すれ違っちゃうよ?」


 幼い顔立ちから繰り出された言葉は、彼女に不釣り合いなほどに重々しかった。

 自分が似たような体験をしているだけあって、言葉の圧がすごい。


「う、うん。ごめん……」


 思わず謝ってしまったけれど、梓が俺の謝罪を望んでいるわけじゃないことはもちろん分かっている。


「謝るなら霜月さんにやって。じゃあ、梓はちょっと遠めのスーパーに買い物に行くから……くれぐれも、はぐらかしたり、気付かないふりをしないでね?」


 ……珍しいな。

 普段の梓はここまで強い態度をとることが滅多にない。

 内弁慶とはいえ、いつもならちょっとだけわがままかな?と思う程度だけど、こうやって圧をかけられることはめったになかった。


 それだけ、俺としほの関係性に思うところがあるということだろうか。

 あと、梓がしほのことをきちんと考えているということも、それはそれで驚きだった。


「あずにゃん……おねーちゃんのこと、そんなに思ってくれているのねっ。嬉しいわ」


 しほも喜んでいるのか、ちょっと涙ぐんでいる。

 その言葉で急に梓は恥ずかしくなったのか、勢いよく立ち上がった。


「べ、別にそういうわけじゃないもんっ……じゃあ、梓は行くね? お夕飯の材料、買ってきてあげる」


「ありがとう。でも、今日は野菜炒めにしようと思ってたから、食材はあるけど」


「うん、分かった。今日はステーキにするから、お肉買ってくるね!」


 何もわかってくれないまま、梓はそのまま出て行ってしまった。

 野菜炒め、美味しいのに……まぁ、でも今日は彼女の言う通り、ステーキにしてあげよう。気を利かせてくれたわけだし、これくらいのことはしてあげたかった。


「「…………」」


 さて、二人きりになったわけだけれど。

 いざ、『しっかりと話し合ってください』と言われると、変に緊張するから不思議なものだった。


 最近は二人きりでいるのも珍しいことではなくなったのに、おかしなものだと思う。


「えっと」「あのっ」


 それから、今度は話し出すのがかぶった。


「「……どうぞどうぞ」」


 かと言って遠慮すると、二人とも同じタイミングで譲ってしまっていた。

 それがなんだか、おかしかった。


「うふふっ……幸太郎くんったら、緊張しなくてもいいのに」


「いやいや、しほだって緊張してるように見えるけど」


「じゃあ、お互い様ね?」


 そんな会話を交わしていると、自然と緊張も解けていく。

 まぁ、別に重々しい話をするわけではないのだから、力を入れる必要もないのだ。


 いつもの調子で。

 自然体でいられれば、それでいいのだから。


「もうすっかり、幸太郎くんのリズムが移っちゃってるわ」


「え? リズムって……?」


「最近気づいたのだけれどね? 私って……話し出すタイミングとか、相槌の入れ方とか、仕草とか……そういうのを、真似しちゃっているの」


 そう言われると、なんだか嬉しい反面……ちょっと恥ずかしかった。


「カップルって、好きな人のクセが移るのはよくあることみたいだけれど……そんな感じかしら」


 まだ付き合ってもいないのに。

 仕草を真似してしまう程に、思ってくれている。

 そういうところを見ると、しほの愛情を実感して……やっぱりそれは、とても嬉しかった――

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