第三百五十八話 ありふれた日常ラブコメのような その3

 出会ってから一年。

 短いようで長い時間、彼女とは多くの時間を共有してきた。


 学校ではもちろん、家でもほとんどずっと一緒で……普通の友達よりも親密だということは、断言できる。


 でも、俺と彼女の関係をちゃんとした言葉で表現するなら、やっぱり『友達』と呼ぶしかないわけで。


 中山幸太郎と霜月しほは『恋人』じゃない。

 残念ながら、まだ付き合ってはいないのだ。


「う、うわぁ……おにーちゃん、もしかしてへたれなの?」


 それを知った梓がドン引きしていた。

 こんな表情の義妹はなかなか見ることができないので、レアだった。


「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 どう説明したらいいのだろう?

 告白めいたものは何度もしているような気がするし、されているはずだ。

 でも、明確に『付き合おうか』という話になかなかならないから、不思議だった。


「じゃあ、霜月さんがへたれなんだ」


「……ち、違うわっ。別に怖くなんてないのよ? 付き合ったら、この幸せな関係が崩れてしまうかもしれないなんて思ったら、なかなか言い出せなくなるなんて……そ、そそそそんなわけないんだからね!?」


「ふーん?」


 そう言って、梓はしほをジッと見つめた。

 凝視されたしほは居心地が悪そうにしている。ちょっと怯えたように視線を伏せているのは、何か言われることを怖がっているからなのだろうか。


 俺としほの関係性は、意図せずして少し複雑になりつつある。

 だから、触れることも避けていたわけで……それが今、梓に指摘されているわけだから、そんな表情になるのも理解できた。


「えっと、梓? しほは何も悪くなくて……悪いのは、俺で――」


 慌てて、彼女をかばおうと言葉を発した。

 別にしほに不手際があるわけじゃない。問題があるのは俺の方なので、彼女が責めるのは筋違いだ……と、そう思っていたけれど。


「――分かる! 霜月さんの気持ち、すっっっっっごく、分かるよ!!」


 ……心配は、杞憂だった。

 梓は最初からしほを悪く言うつもりなんてなかったようだ。


「怖いよね……今の関係がうまくいってると、なかなかここから進むのが怖くなっちゃうよねっ」


 普段はしほのことを拒絶しがちな梓だけれど。

 すっかり感情移入しているようで、今はしほの手を強く握りながらしきりに頷いていた。


「え? あ、うん……そ、そういう感情も、なくはないけれど」


 しほも、まさかここまで梓が共感してくれるとは思っていなかったのか、狼狽えていた。それでも梓は止まらず、しほを慰めるような言葉を続けている。


「この関係で幸せなら、それでいいと思っちゃうよねっ……だから、悪いのは全部おにーちゃんだよ? 今時、男らしく――なんて言うつもりはないけれど、性格的に霜月さんがガツガツするのは向いてないんだから、おにーちゃんが頑張らないとっ」


 ……もしかしたら梓は、しほに自分を重ねているのかもしれない。

 かつて、竜崎に片思いしていた彼女だからこそ、しほの気持ちを理解できるのだろう。


(もちろん、俺が頑張らないといけないよな……)


 梓の言う通りだと思った。


 あの時、竜崎がちゃんと梓のことを考えていたら――今頃、二人の関係性がもっと違う何かであったように。


 俺がもっとハッキリとしたアクションを起こせば、しほとの関係だってきっと変わって来るだろう。


 以前までは、彼女があまり前向きじゃなかった。


 卑屈だった時の俺を見て『自分を好きになっていない幸太郎くんに、幸太郎くんが好きな私の気持ちが本当に分かるの?』と言われた。


 自己否定が軽減した頃には『私が望んでいるからという理由で、私を好きにならないで。その程度の愛で私は満足できないから』と言われた。


 それ以降、何度か似たような話をしたこともあるけれど……それらは結局、中途半端だったのだろう。

 色の良い回答こそあったものの、かといって関係が進展することはなく、現在に至るわけだ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る