第三百五十七話 ありふれた日常ラブコメのような その2

「――もしかしてだけど、梓がここにいるって分かっててやってる?」


 まさかもう帰って来てるとは思わなかった。

 しほと二人だけの世界にいたら、不意に妹の声が聞こえてきて、びっくりした。


「か、帰ってたのか? ただいまくらい言ってくれよ」


「五分くらい前にいたよ!? しかもちゃんと大きな声で『ただいま』って言ったけど、無視したのはそっちだよっ」


 頬を膨らませて大きな声を出す梓。

 両手を腰に当てて、呆れたような目を俺たちに向けていた。


 しほに似て内弁慶なので、家ではいつもこれくらい強気だ。

 学校では大人しいからクラスメイトからは小動物みたいとかわいがられているけれど、身内しかいない場所では結構噛みつくタイプである。もしかしたらそういうところも小動物っぽいかもしれない。


 ……まぁ、こうやって梓が素でいられるということは、既にしほのことを身内だと思っているということことだろうか。だとしたら、素直に嬉しいとはいえ……二人で恥ずかしいことを言い合っていたので、まるで幼い子供に夫婦のイチャイチャを見られたときのような、気恥ずかしさがあった。


 しほも居心地が悪そうに目を泳がせている。


「あらあら……ごめんね、あずにゃん。嫉妬してるのね?」


「べ、別に、そういうわけじゃないけどっ」


「よしよし、落ち着いて? おねーちゃんは確かに幸太郎くんのことが世界で一番大好きだけれど、あずにゃんのことを忘れているわけじゃないわ。だから、幸太郎くんに嫉妬するのはやめてね?」


「そっち!? もしかして梓、おにーちゃんを羨んでると思われてるの……あんまりそうは思わないかなぁ。むしろおにーちゃんは、悪い女に引っかかったなぁ――って」


「悪い女!? 私が!? 有り得ないわ……私、やればできる子なのよ? いい子に決まってるじゃない」


「根拠がすっごく弱いよ? やればできるのにやってないって、普通にダメじゃないの?」


「……うにゃー! 知らないもーん」


「あー! おにーちゃん、今の見た!? 論破されたからって耳をふさいで知らないふりするなんて、ポンコツだよ!」


「ポンコツじゃないもーん。あっかんべー」


「ぐぬぬっ……こ、子供か!」


 ……争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、と言う言葉を聞いたことがある。

 それを参考にすると、梓もやっぱり子供っぽいのかもしれない。


 どうして彼女たちは二人で話すと幼くなるのだろう?

 俺と話している時は割と普通だと思うけど……そういうところも、微笑ましかった。


「ってか、おにーちゃんも笑ってないでちゃんと反省してね? イチャイチャするなら梓がいないところでやって!」


「ごめんごめん……いや、イチャイチャはしてないんだけどな」


「そうよ。ただ、愛の言葉を囁き合ってただけだもの」


「それがイチャイチャって言うんだよ!? まったく……二人が付き合ってるのはバレバレなんだから、もう隠さなくていいのに」


 ――と、ここで梓がずっと触れてこなかった問題を、サラッと口に出した。

 なるほど……梓はどうやら、俺としほがもう恋人だと思っているようだ。


「「…………」」


 どう答えていいか分からなくて、しほの方を見てみる。

 彼女も俺と同じ気持ちなのか、こっちを見て『どうする?』と首を傾げていた。


 うーん……とはいえ、ウソをつくわけにもいかないしなぁ。

 ここはやっぱり、本当のことを言うしかないだろう。


「いや、梓? 言いにくいんだけど……俺たち、まだ付き合ってるわけじゃないぞ?」


 ありのままの真実を伝える。

 そうすると、梓は信じられないと言わんばかりの顔で、目を丸くした。


「え!? まだ付き合ってないの!?」


 そのリアクションも当然だ。

 こんなに仲良くしているのに、まだ付き合っていないなんて……それはよくよく考えると、おかしなことなのだから――



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