第三百五十六話 ありふれた日常ラブコメのような その1

 ――家に帰ると、既にしほがいた。

 リビングのソファで寝そべって、自分の家のようにくつろいでいる。


「あ、幸太郎くん! おかえりなさいっ」


「うん、ただいま」


 彼女はこの家の住人でないにも関わらず、『おかえり』と『ただいま』を言い合うことも、最早日常になりつつある。


「梓は?」


「はじめてのおつかいに行ってるわ」


「そっか……ちゃんと見守ってあげたかったなぁ」


「そうね。スマホで動画でも撮りながら、後をつけたら面白そうだわ」


 まぁ、念のため……もちろん冗談である。

 梓も今年で十七歳になるわけだから、買い物くらいひとりで行ける。いくら小学生……頑張っても中学生にしか見えない顔をしているとはいえ、流石にそこまで子供じゃなかった。


「コンビニに行ってるだけだから、十分もしたら帰って来るんじゃないかしら?」


 のんきにそう言いながら、幼児向けの番組を眺めているしほ。

 ピタゴラスな装置がスイッチしている映像を、こんなにキラキラした目で見られる高校生女子は、とても珍しい気がした。


『~♪』


 おなじみの音楽が鳴った後、再びしほはこちらに意識を向けた。


「本当は私が買い物に行ってあげても良かったのだけれどね? あずにゃんが『ちゃんと買い物できるか不安』とか行って、信用してくれなかったの」


 ……相変わらず、彼女たちの関係性は面白い。

 お互いに子ども扱いしているというか、舐めているというか……まぁ、目線が近いことには間違いないので、だから相性もいいのかもしれない。


「そういうわけで、私がお留守番をしていたわ。どう? 偉いでしょう? えっへん」


 そう言って胸を張るしほ。

 いや、お留守番って……本来であれば彼女は客人なのに、そこまでさせてしまっているのは、ちょっと申し訳なかった。


「ありがとう……って、俺の家の留守番をしほがやるって、なんか面白いな」


「うふふ♪ 私もすっかり家族になっちゃったかしら? 霜月しほじゃなくて、中山しほ……悪くないわ」


 ニッコリと笑いながら、しほが顔に手を当てる。

 少しだけ顔が赤いのは、照れているからなのだろうか。


「ちょ、ちょっとだけ、気が早いかしら……ごめんなさい、やっぱりあずにゃんがいないと、暴走しちゃうわ」


 そう言いながら、熱くなった顔を冷ますかのように手で仰ぐしほを見ていると、なんだかこっちまで照れてしまった。


「嬉しいけど……なんか、変な感じではあるかな」


「そうね。本当に、あれだわ……もぞもぞするけど、こういうのも嫌いではないわ」


 彼女の言う通りだ。

 変な感じではあるけれど、決して不快ではない。

 むしろ、この関係性が心地よく思えるような、胸の高鳴りさえ感じている。


 こういう日常にずっと憧れていた。

 本の中でしか見たことがないような、ありふれたラブコメを夢に見ていた。


 それと似たようなシーンに、俺がいる。

 自分を客観視すると、それがとても不思議な気がした。


 あの中山幸太郎が、日常ラブコメに登場している。


 そんなこと、決して有り得ない事だったのに。

 今の俺は、とても恵まれた状況にいる。


 だというのに……なぜか、そこの小さな違和感があって。


(これで、本当にいいのか?)


 こんな物語でいいのか?

 俺のような人間が、ありふれた日常ラブコメを紡いで大丈夫なのか?


 それが本当に、面白いのか?

 その答えは、ただのキャラクターである俺には、分からなかった――

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