第三百六十二話 ありふれた日常ラブコメのような その7


 しほだって、この先のことを想像していないわけじゃない。


『もし、私と幸太郎くんが付き合うようになったら何をするんだろう?』


 夜、布団の中で度々そのことについて考えることがある。

 ふとした拍子に彼のことばかり考えるようになって、もう一年ほど経過していた。


 そしてだいたい、妄想の先にあるのは言葉にするのも恥ずかしいような赤面ものの結末なので。


『……うにゃー!』


 枕に顔を押さえて、叫ぶ。

 寝室でぐっすり眠っている両親に声が届かないよう気をつけながらも、ついつい叫んでしまう。


 きっと、幸太郎はしほがそうなっていることを知らないだろう。

 そんな恥ずかしいことをしてしまうほどに、しほは幸太郎が好きだということを、彼は知らない。


 幸太郎が思っている以上の愛を、しほは抱えている。

 そして、抱えたまま……その想いをどう処理していいか分からずに、おろおろと立ち尽くしていた。


「たとえば、私と幸太郎くんがお付き合いしたとするでしょう?」


 幸太郎の家で告白されて。

 しほはちゃんと彼が好きだと伝えた上で、しかし答えを返すことができないまま、会話を続けていた。


「その時、幸太郎くんは……私とどんなことがしたい?」


「そうだなぁ……段階を踏まないといけないのは分かっているけど、とりあえず遠出したいかな」


「とおで?」


「うん。すぐにってわけじゃないよ? でも、いつか……最終的には、二人で旅行とか行ってみたいかな」


 旅行。

 そのワードを耳にして、しほは頭の中で想像してみる。


(幸太郎くんと、旅行なんて行ったら……あ、死んじゃうかも)


 はしゃぎすぎて、浮かれすぎて、興奮しすぎて、最終的にはそのまま昇天するかもしれない。

 妄想だけでこんなにドキドキしてしまうのだ。

 実際に行ったら、とんでもないことになりそうである。


「幸太郎くんは私を殺す気かしら」


「いやいやいや……し、しほ? 変なこと言ってるけど、大丈夫か?」


「大丈夫じゃないわ! まったく、旅行なんて行っちゃったら私が正気でいられるわけないでしょう!? 嬉しすぎて幸太郎くんに迷惑をかけちゃいそうだわ」


「別にかけていいのに」


「はぁ? また、そんなカッコいいこと言って……これ以上私の好感度を上げてどうしたいのかしら。殺す気? これ以上好きになったら私、死んじゃうわ。もうちょっと自重してくれないかしら」


「……そ、そこまで、変なことは言ってない気がするけど」


 困ったように幸太郎が笑う。

 その表情すら愛しく思って、しほは思わず拳をギュッと握った。

 そうしてないと、幸太郎にしがみつきそうだった。


 二人きりという状況は、嬉しい反面……しほにとっては、結構な試練でもあった。

 何せ、いつ自分が暴走してしまうか分からないので、自制が大変だったのである。


「私、付き合ってないから色々と我慢しているだけで、恋人になんてなっちゃったら欲望が爆発しちゃうわ……」


 ――それが、告白の答えである。

 通常であれば『嫌いだから付き合わない』というのがありふれた答えなのだが。


「好きすぎて、まだ感情が整理できていないの。今のまま付き合ったら、何かを失敗しそうで……も、もうちょっと、私の覚悟とか色々決まるまで、待ってもらえないかしら」


 大好きなあまりに、告白を受けるわけにはいかなかった。

 霜月しほは情熱的で、愛に素直な女の子だと……幸太郎の視点では語られてきたが。


 しかしながら、意外とこうやって臆病な一面もあったりする。

 向こう見ずで無鉄砲な、ただの恋する乙女ではない。


 ちゃんと未来のことも考えて、慎重に行動できる冷静さも持っていた。


(幸太郎くんとの関係では、絶対に失敗なんてしたくないわ)


 彼女にとって、かけがえのない大切な存在だから。

 しほにとって、幸太郎は絶対に手放したくない、大好きな人なのである――

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