第三百五十四話 一方、サブキャラクターたちは その5
――バタンッ!
胡桃沢さんを乗せた後、メアリーさんが車のドアを荒々しく閉めた。
彼女にしては所作が雑である。それくらいイライラしているのだろうか。
「ワタシが持っているはずだった『権能』が奪われた」
「権能……?」
「つまり『全能感』がなくなったんだよ。ほら、ワタシってなんでもできるキャラだっただろう? 登場した初期なんて、物語を捻じ曲げる力さえ持っていた……クリエイターを自称してことだってある。自分で言うのもなんだが、ワタシはいわゆる『強キャラ』だった」
確かにそれは否定できない。
あの頃のメアリーさんには手を焼かされた。
「まぁ、リョウマの権能――『無条件に女の子に好かれる』に引っ掛かって、クリエイターから恋するサブヒロインに堕とされたけどね? それ以降も、なんだかんだで活躍できていた。ワタシの保有する『金持ちキャラ』と『メタキャラ』は相性が良かったから、物語を変えるにはすごく便利だったんから、重宝されていたはずだった」
でも、最近それが少しおかしくなっているようで。
「それなのに、いきなりワタシは全てを剥奪された。全能感も、金持ちキャラも失って、今ではすっかり『メタ的な思考を垂れ流すただのお色気キャラ』だよ。おかげで、ピンクからは『中二病の痛いおっぱいメイド』と認識されている」
ピンクって……胡桃沢さんのことだろうけど、会話とか聞いた感じだと相性は凄く悪そうだ。
「はぁ……他人を弄んでいたあの頃が懐かしいよ。地に這いつくばって悔しさに呻く様なんて、まるで芸術だ。思い出しただけで興奮しそうになる」
まぁ、性根が腐っているので、彼女が元気なのも少しイヤではあるけれど。
今の状態だと、何もできないだろう。安心ではあるけれど、可哀想だとも思うので、気分は複雑だった。
「にひひっ。コウタロウはやっぱりいいねぇ……こうやってメタ的な会話をできるのが嬉しいなぁ。ピンクは不愛想だからつまんないんだよ」
「俺は何も話してない気がするけど」
一方的にそっちが話しているだけである。
「それがいいんだよ。ワタシとか、後は……シホもそうかな? 語りたがりな人間にとって、聞き上手な人間はそれだけで価値があるんだよ。どうだい? シホじゃなくてワタシに鞍替えしてみる? ほら、ワタシってセクシーだし、悪くない提案だろう?」
「あはは。ごめんなさい」
「笑いながら否定しないでくれるかな!? もうちょっと、ためらうとか熟考するとかしてくれよ。冗談だけど、コウタロウ程度に否定されるのは心外だ」
そう言って、メアリーさんは明るく笑った。
前までの、他人を嘲笑うようなイヤな笑顔ではなく……彼女にしては素直な笑顔だった。
それが意味することは、即ち……彼女の言葉通り、メアリーというキャラクターから色々なものがなくなって『普通』になったということ。
「――コウタロウ、物語がちょっとおかしくなってるよ。キミも気を付けた方がいい」
その忠告は、なんとなく予感していたものである。
もちろん、と力強く頷いて……背筋をまっすぐ伸ばした。
これから何が起こるかは分かんない
でも、何が起きたとしても、ちゃんと身構えていよう。
そう覚悟を決めた瞬間でもあったのだけど。
「……そんな痛々しい中二病のポンコツメイドの話に付き合ってあげるなんて、本当に優しいわ」
窓が開いて、胡桃沢さんが呆れたような顔を覗かせた。
「でも、真面目に受け取らなくてもいいんじゃない? バカバカしい話なんだから……中山は、相変わらずね」
久しぶりに、彼女に呼びかけられた。
時間にしてはたった数ヵ月。だけど、随分前の出来事に思えて、それがすごく懐かしかった――
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