第三百五十三話 一方、サブキャラクターたちは その4

「ってか、ご主人様を差し置いてなんで車に乗ってんの? こういう時は普通、車のドアを開けてお出迎えするんじゃないの? あんた、メイドでしょ? 『おかえりなさいませ、ご主人様』くらい言いなさいよ」


 呆れたように息をつきながら、胡桃沢さんがそう呟く。

 一方、メアリーさんは悔しそうに表情を歪めながらも、言われた通り車から降りて胡桃沢さんに頭を下げていた。


「お、お帰りなさいませ、ご主人様……」


「ええ、ご苦労様。よく言えたじゃない……これからはこの程度で褒められないように、ちゃんと働きなさいね」


 胡桃沢さんがさっそうと歩いて、車に乗り込む。

 そんな彼女を眺めていたら、不意に小声でこんな言葉が聞こえてきた。


「いつかぶっころす」


 怖いよ、メアリーさん……。

 あと、文句がすごく稚拙というか、彼女らしくなかった。

 他人を小バカにしたような皮肉(アイロニー)が得意だったはずだけど、今はそんな余裕がないのか、メアリーさんにしては直情的な文句である。


 しかもわきが甘いのか、その声が胡桃沢さんにも聞こえているみたいだから……本当に、らしくなかった。


「ナマイキなのは胸だけにしてくれない? ほら、ドアを閉めて……あと、あたしのクラスメイトである彼にもきちんと挨拶しなさい? 失礼のないように、あんたを雇っているあたしの顔に泥を塗らないように、深く頭を下げること」


「――くそぉ」


 それからメアリーさんはこっちに体を受けて、こともあろうに頭を深々と下げていた。


「見るな。こんなワタシを、見るな……!」


「……俺もできれば見たくなかったよ」


「くそがぁ」


 それから、頭を上げたメアリーさんの目はちょっと潤んでいた。

 ……彼女には色々と手を焼かされたし、得意か苦手かで言えば大の苦手だ。


 でも、好きか嫌いかで言えば……まぁ、嫌いではなかった。

 好きでもなかったけど、なんだかんだユニークではあったので、話していて飽きないタイプではある。


 だからなのか、今のメアリーさんがちょっと可哀想に見えてしまった。


「何がどうなって、メアリーさんが使用人なんてやってるんだ……?」


 思わず、話しかけてしまう。

 すると彼女は、胡桃沢さんに見えないように彼女に中指を立てながら、こうなった経緯を教えてくれた。


「神の力が働いて、パパの会社がつぶれた。だから一文無しになって、住むところもなくなって、仕方なく彼女の家に雇ってもらったんだよ」


「……え? メアリーさんの家って、すごかったのに? そんな、一瞬で落ちぶれることができるの?」


「お、落ちぶれたって言わないでくれないかな? 確かにその通りなんだけど……だから、言っただろう? 『神の力』がワタシの全能感の源となっていた、金を奪ったんだよ」


 神の力?

 最初は、比喩だと思って聞き流していたけれど……どうも、彼女はありのままの意味で『神の力』という単語を口に出しているように感じた。


「普通ならありえないような『奇跡』が連続して重なった。信頼していた部下の裏切り、協賛していた複数企業の倒産、裏で行っていた取引の暴露、新たに手掛けていた事業の失敗……挙句の果てには、税金関係の処理にミスがあったみたいで――はい、終わり。それからパパと連絡が取れなくなったよ。まぁ、したたかな人間だから、今頃どこかで元気に生きているとは思うけれど、娘のワタシは切り捨てられたってことだね」


 淡々と、それでいて凄惨な不幸を語るメアリーさん。

 彼女じゃなければ、すぐには立ち直れないような出来事が起きているような気がした。


 まさしく、こんなことが起きるなんて……『神の力』と、そう表現せざるを得ないだろう――。

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