第三百五十一話 一方、サブキャラクターたちは その2

 新学期初日は、午前中だけで授業が終わった。

 結局、今日は何も起きなかった。


(新入生ヒロインとか、新しいイベントとか、何かしらあってもおかしくなかったのになぁ)


 テンプレで考えると、今後ストーリーを動かしてくれるようなキャラクターとか、あるいは事件性を孕んだイベントとか、あった方が自然だと思っていたけれど。


 しほとクラスが違っただけで、思いのほか何もなくて拍子抜けだった。

 ずっと警戒していた俺が滑稽に思えるほどに、普通の一日である。


「……帰るか」


 席から立ち上がって、教室を出る。

 ふとスマホを見ると『あずにゃんと先に帰ってるわ('ω')ノ」とメッセージが届いていた。


 梓からも『霜月さんのお守りするから』という簡素な一文が送られている。こちらは絵文字とか顔文字がないけれど、梓は文章だと素っ気ないタイプなので、いつも通りだった。


(仲、良さそうだなぁ)


 少し、中身が幼い部分のある二人なので、精神年齢が近いのかもしれない。

 ……なんて口に出して言ったら二人に怒られるんだろうなぁ――と、ぼんやり考えながら歩いていると。


 校門から出て、少し離れたところで……路側帯に見慣れない車を見つけた。普通の車と違って、すごく高そうで……いわゆる『高級車』と呼ばれるものかもしれない。


 一般的な暮らしをしている俺には縁のない車だったので、興味を惹かれて少し眺めていた。

 ……なんだか、これを見ていると一年生の二学期のことを思い出すなぁ。


 あの時は、メアリーさんが転校してきた直後で……彼女が『物語を作る』とか何とか言って、よくリムジンに連れ込まれていた。


 車の中とは思えないような広い車内で、冷蔵庫までついていたから、すごくびっくりした――ということを思い出していた時のことだった。


「ふぁっきゅー!」


 いきなり窓が開いて、そう叫ばれた。

 顔を上げてそこにいる人物を確認すると……ちょうど今、思い出していた彼女が乗っていたのだ。


「……メアリーさん?」


「NO! アイアムビューティー……ワタシは通りすがるの美女なので」


 こんなにふざけたことを言う人間は、俺の知り合いではやっぱりメアリーさんしかいなかった。


「おい、そこの高校生! 外国ではガン見すると喧嘩を売っているってことになるから、覚えておくといい。ふぁっきゅー」


「そんなシステムがあるのか……」


「もちろん。ポケットに入るかは分からないボールで捕まえるモンスターゲームと同じだ。目が合うと、バトルが開始する。つまりアナタはワタシに喧嘩を売ったってことだね」


「車を見てただけなのに……」


 理不尽すぎる言いがかりに、ちょっと笑ってしまった。

 というか、まさかメアリーさんと遭遇するなんて……。


「そういえば、メアリーさんって学校にいたっけ?」


 彼女の金髪は目立つので、見落としているってことはないと思う。学校にいなかった気がしたので、そう質問してみた。


「学校? 辞めたよ? ワタシには不要だからね」


 後部座席のドア越しに、彼女がそう呟く。

 その目は俺ではなく、どこか遠くを見ていて……なんだかちょっとだけ、哀愁が漂っていた。


「……な、何かあった?」


「な、ななな何もないけどね!? まぁ、ワタシはアメリカで修士課程までは終わっているから、高校に通うのは趣味みたいなもので……つまり、飽きたから辞めた。それだけさ」


 果たして本当にそうなのだろうか?

 修士課程のことは真実かもしれないけど……メアリーさんが高校を辞めたのには、もっと違う理由もありそうだ。


 だって、彼女はおかしいのだ。


(め、メイド服を着てることとか、触れていいことなんだろうか……)


 何せ、金髪碧眼の美女がメイド服を着用している。

 ご丁寧に、頭にはプリムまでついていて……メアリーさんにしてはとても不自然な恰好をしていたのだ――

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